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「ふるさと納税」でお米が売れなくなった? 米屋や直販農家にはボディーブローのような痛み

お米が返礼品となることにモヤモヤする理由

柏木智帆 お米ライター、元神奈川新聞記者

 「ふるさと納税」の利用者が増え続けている。総務省が発表した調査結果によると、2021年度の受入額は全国で約8302億円。税制改正によって利用者が急増した2015年度に比べると、約5倍に増えたことがわかる。受入件数で見ても、2021年度は約4447万件で、2015年度から約6倍に増加した。

 お米の購入ルートとしても「ふるさと納税」を選ぶ人がじわじわと増えているようだ。

 農水省が発表したふるさと納税返礼品用の販売数量は、2019年度は1万3300トンだったが、2020年度は前年比2万1300トンに増加。2021年度は2万5200トンまで増えた。

 国内全体の米消費量からすると決して大きな数字ではないが、「ふるさと納税の影響を受けている」と感じている米屋は多い。

「影響は軽視できないレベルになってきている」と米屋

 実感を尋ねると、多くの米屋が「お客さんがふるさと納税に移行した数字を把握しているわけではないが……」「お客さんがふるさと納税を始めたかどうかは憶測でしかないが……」「データはないけど……」などと前置きした上で、「かなり影響を受けています」「ふるさと納税を利用することでこなくなったお客さまはいますね」などと、あくまで肌感覚を教えてくれた。「数年前から」影響を実感しているという声も聞かれ、新型コロナウイルス禍の“巣ごもり需要”による影響も垣間見えた。

 「影響を受けている」と考える根拠を尋ねると、「お得意さんの奥さまが『ふるさと納税を始めたから』と謝りに来られた」「来なくなったお客さまや購入頻度が減ったお客さまに聞いたらふるさと納税を始めた方がまあまあいた」などと客から直接聞いた事実を把握している米屋もいれば、ふるさと納税のお米の取扱量の多さから間接的に影響を感じている米屋もいた。

ふるさと納税サイトの人気品目の一つがお米。「5kg×12ヶ月」「10kg×12ヶ月」などと書かれた定期便もある
出店 ふるなび

 香川県高松市の「溝口食糧」店主の溝口雄介さんは「5年ほど前にふるさと納税にお米を納品したことがありましたが、ものすごい注文量でした」と振り返る。「利益が少なく量ばかり」だったため、現在はふるさと納税からの発注は受けていない。

 東京都の米屋では、ふるさと納税向けに半年間で300トンの米を探しているという業者から30トンほしいと連絡があり、「価格を提示したら連絡が途絶えた」。また、ふるさと納税にお米を納品し続けている北海道深川市の米屋はこの3年間で出荷量が倍になったという。

 影響があるのは米屋だけではない。「ふるさと納税は家庭用販売減の要因の一つになっていると弊社でも考えています」と話すのは、大手米卸「木徳神糧」の広報担当者。昨年からスーパーでお米の動きが鈍い状態が続く要因は、人口減や米離れなどを背景とした消費の減少、コロナ禍で落ち込んだ外食需要の回復に伴う家庭内需要からのシフトなどがあるが、ふるさと納税の影響も否定できないという。

 「年末年始に帰省が増えたことで縁故米()の増加があったのではと見ていましたが、縁故米消費の時期が終わっても相変わらず販売は低調です。弊社で納入しているふるさと納税の返礼品のお米については目に見えて量が増えているというわけではありませんが、納入先は増えてきている状況です。家庭用需要への影響は軽視できないレベルになってきているのではないでしょうか」(広報担当者)

*親戚や知人である生産者から無償でもらったり廉価で購入したりしたお米

ふるさと納税でお米を選ぶ消費者の割合は?

 とは言え、どれくらいの客がふるさと納税に流れたのか、具体的な影響度合いはわからないのが実情だ。

 公益社団法人「米穀安定供給確保支援機構」がお米の購入・入手経路について調べた「米の消費動向調査結果」を見てみよう。

 同機構によると、ふるさと納税はインターネットで申し込むことができるが、回答項目としては「インターネットショップ」ではなく、「その他」に含まれる。「その他」ということは、ふるさと納税以外の購入・入手経路も含まれるということだ。また、ふるさと納税でお米を入手していても「インターネットショップ」の項目で回答している人がいる可能性も否定できないという。つまり、この調査からは、ふるさと納税の入手・購入経路を選んでいる消費者の割合はざっくりとしかつかむことはできない。

 「その他」の経路でお米を購入・入手した割合を見ると、2021年度は4.3%で5年前の2016年度に比べると1.1ポイント増えている。一方で、「米穀専門店」(米屋)で購入した割合を見ると、2021年度は2.3%で5年前よりも0.4ポイント減っている。いずれも割合が多いわけではなく、増減幅も小さい。それでも、「3年ほど前から『その他』の中での『ふるさと納税』の割合は高くなってきています」と同機構担当者は説明する。

 しかしながら、前出の「木徳神糧」広報担当者が言うように、お米が売れない要因はふるさと納税だけではない。そもそも、近年ではお米の国内需用量が毎年10万トンずつ減り続けている背景もある。

 同機構担当者は慎重に言葉を選びながら、「(ふるさと納税の具体的な影響を読み解くのが)難しいんです」と繰り返した。

 「卸さんや小売さんを含め米業界では『ふるさと納税の影響で売れなくなっている』とおっしゃる方もいらっしゃるのですが、売れない原因が100%ふるさと納税かと言えばどうもそれだけじゃない。ふるさと納税の影響はたしかにゼロではないと思いますよ。でも、定量的なデータがないのでわからないのが正直なところです」(同機構担当者)。この歯切れの悪さが現実を物語っていて、同様の思いを米屋自身も抱えている。

店でお米を買わなくなる家庭も

 あるふるさと納税サイトでお米の返礼品を見ると、「米」は4万1509件、「玄米」は5730件、「無洗米」は4540件が出品されている(3月22日現在)。中には、「5kg×12ヶ月」「10kg×12ヶ月」などと書かれた定期便もある。「1年分のお米を買ってしまえば、その家庭は1年間お米を買わないでしょうね」という神奈川県鎌倉市の米屋「笹屋」店主の木村聡さんの指摘はもっともだ。

農薬を減らした特別栽培米などが並ぶ米穀店

 神奈川県に住む女性は、小学生と中学生の子ども3人と夫の5人暮らし。さまざまな自治体のふるさと納税を頻繁に利用して、ほぼ毎月のように15〜20キロのお米が届くようにしている。お米はすべてふるさと納税でまかなっているというから実質的に年間購入のようなものだ。「お米がなくなるたびに店に買いに行くのは大変だし、税金を払うよりも(控除されるので)お得」と話す。

 先ほどの「米の消費動向調査結果」を見ると、2021年度に「ドラッグストア」からお米を買った人の割合は6.6%で、5年前の2016年度に比べると2.9ポイント増加。同時期でディスカウントストアも1.1ポイント増えている。いずれも比較的低価格帯のお米を扱っている業態だ。これも、お米に「お得感」を求めて買う層が増えていることのあらわれかもしれない。

公正かつ自由な競争は? 自治体によっては参加に制限も

 ふるさと納税は、お米の直販に取り組む生産者にも少なからず影響を与えている。

 年末になると確定申告のためのふるさと納税の駆け込み需要で嬉しい悲鳴をあげる生産者がいる一方、「根拠があるわけではないけど、影響はあるよなあ」と米屋と同様のぼやきも生産者から聞こえてくる。

 ふるさと納税サイトを見ると、複数の生産者や農業法人がお米を出品している自治体もあれば、1社しかお米を出品していない自治体、JAしかお米を出品していない自治体もある。その理由を複数の自治体の担当者に尋ねた。

 「公募を見て話を聞きにきてくださる方もいますが、オンライン販売のノウハウがないことがハードルとなって、今のところ他に出品希望者がいない」(千葉県佐倉市)、「商品をしぼっているわけなくウェルカムなのですが、公募をしても手をあげてくれる事業者さんがいない」(静岡県藤枝市)という声がある一方で、「商品の乱立を防ぐためにJAさんだけにお願いしている」(福島県・猪苗代町)という声もあり、自治体によってはふるさと納税への参加に制限が生じているケースもあるのが現状だ。

 ある米どころの自治体では、「米」だけでも1128件の返礼品があるが、その出品元をたどってみると、上位の3農業法人で計1125件(99.7%)を占めている。一方で、別の米どころの自治体は「米」だけで1907件の返礼品があり、さまざまな生産者や農業法人のお米が並ぶ。生産者の規模や軒数など地域の事情にもよるため一概には言えないが、「公正かつ自由な競争」という意味では、後者のほうが健全な姿に見える。

“ふるさと納税依存症”という危うさ

 一方で、生産者からはこんな声もある。「8年ほど前は地域で出品する米農家がいなかったのでめちゃくちゃ売れましたが、最近はお米を販売する業者が増えたり道の駅が独占したりで、うちの地域では商品数の多い出品者の米や低価格の米が売れている」「以前は申し込み数量がどんどん増えていったが、地域で出品する米農家が増えてきてからは申し込み数量が減った」といったものだ。ふるさと納税に出品していれば必ずしも安泰というわけでもない様子が見て取れる。

収穫を控えた稲穂。農業経営の明暗をふるさと納税が分けるケースもある

 ふるさと納税に出品しながらも、あくまで直販がメインという長野県の米生産者は、「(ふるさと納税は)頭もお金も使わずに出品できるので怠けますよね、怖い」と話す。1キロ2000円以上の高級米がふるさと納税で飛ぶように売れているという新潟県の生産者は、「高額納税者の人たちに見てもらえるのが大きい」と言いながらも、「ふるさと納税は何があるかわからないので、その売上があるうちに新規事業を軌道にのせたい」と冷静だ。

 こうした生産者たちのようにふるさと納税との距離感やバランス感を保ちながら取り組むならば問題なさそうだが、東海地方にある米屋の店主は、「中には『“ふるさと納税依存度”が高いことが悩み』と言う生産者もいる」と指摘する。

 前出の「笹屋」の木村さんは「光熱費は値上げ、物販も値上げ。毎日食べるものである程度(賞味期限が)もつものということで、お米が選ばれるのでしょう」とふるさと納税利用者に一定の理解を示す一方で、「節約志向が進むほどに、ふるさと納税でのお米の購入に拍車がかかり、そうなると、ますますお客がわれわれ小売から離れてしまう」と懸念する。

 ふるさと納税の本来の目的は「地方活性」というが、その「地方」でお米を作ったり売ったりしている米農家や米屋を含めた米業界の活性化につながるのかどうかは疑問が残る。「自由な商いが活発になることは大賛成だけど、官が作り、民を巻き込み、しかも極めてパブリックな税という国民の義務に関わる仕組みの中でできたマーケットは、なんとなくフェアに感じられない」という前出の東海地方にある米屋の店主の疑念に同感だ。

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