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マルサもAI化の時代へ 法の抜け穴を「彼ら」はどう発見するのか

人間を取り締まる法律をAIがつくる時代が目の前に

小林啓倫 経営コンサルタント

 AIがあらゆる人間の仕事を奪う――人工知能技術が実用化されて以来、いやそれ以前のSFの時代から、幾度となく繰り返されてきた予想だ。最近も、話題の対話AI「ChatGPT」を開発したOpenAI社が、外部の研究者らと共にそうした論文を発表している。それによれば、「高学歴で、高い賃金を得ているホワイトカラーの仕事ほど最新のAI技術の影響を受けやすい」そうだ。

 実際に、テクノロジーの急速な進化によって、これまで自動化が難しいと考えられてきたホワイトカラーの仕事までAIが肩代わりするようになっている。この論文では「会計士、数学者、通訳、記者などの職種がAIの影響を受けやすい」と指摘しているようだが、他にも意外な分野にAIが進出しようとしている。そのひとつが「脱税の摘発」だ。

脱税摘発を支援するAI

 2021年6月、国税庁から「税務行政のデジタル・トランスフォーメーション」と題された資料が発表されている。デジタル・トランスフォーメーション(DXと略される)とは、デジタル技術による業務改革を指す言葉で、いま多くの企業がこれを旗印として変革に取り組んでいる。それを税務行政でも進めようというわけだ。

国税庁が発表した「税務行政のデジタル・トランスフォーメーション」
出典 国税庁HP

 この資料の中で、今後推進を予定しているさまざまな施策のひとつとして、「AI・データ分析の活用」が挙げられている。それによれば、申告漏れの可能性が高い納税者の判定に、AI技術を活用していくとのことだ。具体的には、申告・決算情報や外国税務当局からの情報などをAIに分析させ、リスクを把握するとしている。

 膨大な書類の山から脱税のサインを見つけるのは、ベテランの税務調査官にとっても骨の折れる仕事だが、AIはそうした大量データの中に一定のパターンを見出すことに長けている。その精度がどこまで上がるかは、今後の「訓練」次第だが、AI活用が期待できる分野のひとつと言えるだろう。

航空写真を分析し、申告漏れの固定資産を探せ!

 またAIに航空写真を分析させ、申告逃れしている固定資産を発見するというユニークなアイデアも登場している。これはフランスで行われている取り組みで、IT大手のGoogleとコンサルティング会社のCapgeminiが、DGFIP(仏公共財政総局、日本の国税庁に相当する組織)とともに進めているものだ。

 彼らが開発した「Foncier Innovant」と呼ばれるシステムは、AIが航空写真を分析し、その中に写っている住宅を把握。さらにその住宅にプール(固定資産税の対象となる)が設置されているかどうかを自動で判別する。その結果を税務関係のデータベースと照合することで、申告漏れのプールを把握するのだ。

AIが航空写真を分析してプールの存在を検知、データベースと照合する
出典 DGFIP

 日本人からすると、自宅にプールを設置するというのはあまり馴染みのない話のため、AIを使うことにどれほどの効果があるのだろうと思うかもしれない。しかし既に昨年、このシステムを使用した実証実験が行われ、対象となったフランス国内の9つの県合計で、固定資産税の対象となりながら届け出がされていなかったプールを約2万面も把握したそうである。これらの「隠れプール」から得られる追加の税収入は、およそ1,000万ユーロ(約14億円)に達すると見込まれている(こちら)。

 もちろんこのAIだけですべての税務調査官の業務を肩代わりできるわけではなく、「マルサAI」の登場はしばらく先になるだろう。しかし限られた領域とはいえ、既に一定の成果をあげるAIが登場しているわけだ。

法律の抜け穴を防ぐAIも

 税制の分野では、他にももうひとつ、興味深いAIの活用法が登場している。それは法の「抜け穴」をAIに探させる、というものだ。

東京・中央区にある国税庁

 あらゆるルールにはそれを回避する方法、すなわち抜け穴が生じてしまうものだが、脱税はそれによる悪影響が見えにくいこともあってか、税を納めるのを合法的かつ脱法的に回避する方法、いわゆる「節税」が積極的に模索される状況にある。もちろん決められたルール内で自己の利益を追求するのは何ら非難されることではないが、抜け穴を悪用して、多額の税金逃れをするケースも見受けられる。

 しかしルールは静的な文章である以上、それが現実世界でどのように解釈され、運用されるかを事前に予測するのは難しい。そこでAIの出番というわけだ。

 ジョンズ・ホプキンス大学のコンピュータ科学者や、法学教授らから成る研究チームが、「Shelter Check」というシステムを開発していることが同大学から発表されている。それによると、これは一種のスペルチェッカーのようなもので、「議会や国税庁、あるいは裁判所が、提案された税法や裁定をスキャンして、意図せずに設けてしまいそうな抜け穴を見つけることができるソフトウェア」だそうだ。

 いったいどのようなものか。実際のサンプルなどは公表されていないが、研究チームはGPT-4(ChatGPTの土台となっているAIのモデル)など既存の技術を取り入れることを検討していると説明する。これをChatGPTで検証してみよう。

酒税法の「回避」方法をChatGPTに聞いてみた

 一般向けに公開されているChatGPTでは、違法行為に対する助言が生成されることを回避するため、一定のフィルターがかけられている。そのためこのように歯切れの悪い回答となっているが、それでも「アルコール度数を低く抑える」や「原材料や製法を変更する」といった節税策が示されている。

 この程度では「抜け穴」とは言えないし、専門家でなくてもすぐに思いつきそうな内容だが、逆に言えば「誰もが思いつきそうな内容」を自然な文章で提案してくれるAIは既に実現されているわけだ。より専門的な指摘ができるようにAIをチューニングしていけば(そこにはもちろん前述のフィルターを外すことも含まれる)、ジョンズ・ホプキンス大学の研究者チームが目指すAIはすぐに実現されるだろう。

悪用を指南するAIも登場し得る

 ただ逆に、脱税の可能性を把握できるAIを実現できるなら、その悪用を指南するAIも登場し得るということになる。これは研究チームも指摘している点で、節税により大きな利益を得る可能性のある企業が「この種のAIの開発に取り組んでおり、すでに持っているかもしれない」と述べられている。

隠されていた現金約1億円入りのバッグ。大阪国税局が着手した査察事件で、居宅の階段下の収納庫で見つけたという(国税庁提供)

 さらに悪いことに、「大規模で資金力のある企業努力の方が、(自分たちよりも)先に進んでいる可能性がある」という懸念が示されている。もはや問われるべきは「AIが脱税を指摘できるかどうか」ではなく、「取り締まる側と取り締まられる側、どちらが先にそのようなAIを実現し、性能を上げていくか」なのかもしれない。

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