お米が作る温かで優しいコミュニティーの可能性
2023年04月20日
最近、知人からミニ四駆をもらった夫は、ミニ四駆にはまり出した。「ミニ四駆ステーション」となっている近所の「コジマ×ビックカメラ」にミニ四駆サーキットがあるそうで、夫の要望を受けて休日に家族で行ってみた。店内の一角にミニ四駆のコースがあり、子どもだけでなく大人たちもミニ四駆を走らせたり、ミニ四駆をいじったりしている。
夫が陳列されているパーツを見ていると、突然「ロードスピリット?」と少年が声をかけてきた。「そうだよ、かっこいいだろう?」と夫。すると、少年は「VZシャーシでしょ?」「初心者ならまずファーストトライパーツ、これね」と言いながら、パーツを取ってきてくれた。さらに、「あとは、マスダンね。とりあえず、これにしたら?」と言って、またパーツを取ってきてくれた。
その後、この少年の兄とみられる少年も「モーターだとおすすめはこれですよ」と声をかけてくれた。
なんて温かな優しい世界なんだろうと、私も夫も感激した。
聞いてもいないのに教えてくれるのだから、きっと困ったときでも教えてくれるだろう。
こういうコミュニティーがお米にもあったらいいのに……と感じた。
ところが、思い返すと……あった。一度だけ、過去に見知らぬ人から親切にお米のことを教えてもらった。
5年前、スペインはバルセロナ。現地のお米を探るべく、夫と一緒にレストランやスーパーをはしごしていた。スーパーのお米売り場であれこれお米を物色していると、現地の女性が「このお米がいいわよ」と身振りで教えてくれた。そのお米は「レドンド」という種類だった。英語と身振りでやり取りした結果、このお米は日本でも人気の「ボンバー」という種類に似ているけど、ボンバーよりも安価なのだということだった。
帰国後、偶然にもスペイン米と日本米で作ったおむすびを楽しむ「United Rice Ball」というイベントでお米の選定を担当することになり、私はスペイン米にこの女性が教えてくれたレドンドを採用した。決め手はアルデンテ(お米に芯を少し残した状態)の作りやすさと価格。女性のおかげでスペイン米への愛着は倍になり、今でもあのやり取りを思い起こすと温かい気持ちになる。
一方で、日本ではこうして誰かが突然話しかけてきて親切に教えてくれたという経験がこれまでにない。あったのかもしれないけど、覚えていない。たとえ誰かが話しかけてくれても、ちょっと警戒してしまうような気もする。反対に、私も誰かに突然話しかけてお米のおすすめを教えようとしたことはないし、そんなことをしたら鬱陶しがられたり怪しがられたりする気がして、なかなか話しかけようと思えない。
なぜミニ四駆ステーションとバルセロナのスーパーでは温かなコミュニケーションが成立していたのかと考えると、前者の場合は「ミニ四駆好きのために作られた場で、ミニ四駆好きだけが集っていると誰もが思う場だから」であり、後者の場合は「声をかけられた人が国と文化レベルでアウェイの立場、かつ明らかにスペイン米に興味がありそうだから」だろう。
後者のシチュエーションを日本で日本人向けに真似るのは難しいが、前者のシチュエーションを真似るならば、「お米好きが集うお米好きのための場」をつくるのはどうだろうか。自分だけのオリジナルを作る醍醐味は、ミニ四駆に限らない普遍的なものだろう。さまざまなお米をブレンドしてオリジナルブレンド米を作る施設やイベントがあったら、大人も子どもも楽しめるのではないだろうか。
そういえば、神奈川県と大阪府にある「カップヌードルミュージアム」では、「マイカップヌードルファクトリー」にて具材や粉などを組み合わせてオリジナルカップヌードルを作る体験ができるらしい。さすがだ。
お米の品種の特徴を知りながら、比率を調整して、オリジナルのブレンド米を作ってみることで、お米の品種や特徴を知るきっかけになるかもしれない。もしかしたら「お米はどれも同じで、ただおかずを受け止めるだけの存在」という認識だった人にとって、お米それぞれが持つ味わいの違いに意識を向けるきっかけになるかもしれない。
ブレンド米には「これはどんな味わいかな」「どのお米に合わせるとおいしくなるかな」と、お米に対する関わり方が能動的に変化していきそうな可能性を感じる。同じ品種でも地域や作り手によって味わいが違うことを知って驚く人もいるだろう。それに、「ブレンド」という工程で自分が手を加えるだけで、お米への愛着は増すかもしれない。
日本酒「風の森」で知られる奈良県の「油長酒造」では、昨年、EXILEのパフォーマー・橘ケンチさんとのコラボレーション酒として、同じ原料で仕込み方を変えたドライな酒とスイートな酒の2本にビーカーのセット商品を販売した。ブレンド割合を変えて自分の好みを見つけるという趣向だ。これも「自分だけの酒」を楽しむことができるだけでなく、日本酒の原料や仕込み方法に意識を向けるきっかけにもなる。自分で試行錯誤して見つけ出したベストポイントのブレンド酒にはきっと愛着がわくだろう。
いっときは「粗悪な米を混ぜた米」というネガティブなイメージを持たれがちだった「ブレンド米」だが、米屋が良食味ブレンド米を販売したり、得意先の飲食店の料理や意向に沿ったブレンド米を提案・販売したりするなど、ブレンド米のイメージは近年ますますポジティブになってきているように感じる。
以前から良食味ブレンド米の販売のほか、経営する京都と銀座の飲食店で良食味ブレンド米を提供し続けてきた京都の米屋「八代目儀兵衛」は、今年3月から全国で発売されているセブンイレブンの「だしむすび」や「銀しゃりおむすび」のお米を監修。使っているのは、やはりブレンド米だ。八代目儀兵衛では、産地品種約70種類の食味をチェックした上で、5%違いの配合を50パターン以上試作。「粒立ちの良さ」「冷めてからの甘さ」を重視したブレンド米を生み出したという。
ブレンド米にはこうした緻密な設計のほか、偶然の出会いもある。複数品種を栽培する直販農家が出荷用に精米して余ったお米を混ぜて食べたら「意外にうまかった」というのはよく聞く話だ。
磐梯山のふもとで複数品種を栽培している福島県「つちや農園」では、以前に「五百川」「ミルキークイーン」「コシヒカリ」の3品種をブレンドして「バンダイ・マウンテン・ブレンド」と名付けたブレンド米を販売していた(現在は「五百川」を栽培していないためブレンド米は販売していない)。農園の土屋睦彦さんが試行錯誤して生み出したブレンド比率だったが、きっかけは前述のように「意外にうまかった」から始まった。
たしかにお米のブレンドはプロの技だが、プロの炊飯もあれば家庭の炊飯もあるように、子どもと大人が一緒になってお米のブレンドを楽しんでみたらどうだろう。「ブレンド初心者ならば、まずはこの比率ね」「とりあえず、会津コシヒカリから試してみたら?」「低アミロース品種だとおすすめはこれ」といった会話が飛び交う温かく優しいコミュニティーを夢に見る。
スーパーや米屋の一角、あるいはお米関連の施設に、そんなコミュニティーができたら嬉しいことこの上ない。そこに炊飯器が置いてあって試し炊きもできたら、「もうちょい粒感のあるお米を足してもいいかも」「もっと大胆なブレンド比率にしてみようか」「できた!最高傑作だ!」などと会話がヒートアップすること間違いなし。出でよ「ブレンド米ステーション」!
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