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みんな、もう、どんどん熱狂しちゃってくれたまえ!

近藤康太郎 朝日新聞諫早支局長

●みながすごいと言うからすごくなる

 コラム一回目にいきなりこんなカミングアウトも切ないものだが、高校の時、大場久美子が好きだった。長蛇の列の握手会に何時間も並んでいた。当時はなかったが、レコードに「握手券」なるものが入っていたら、ビル掃除のバイトで稼いだカネを全部つぎ込んで、何十枚も「キラキラ星あげる」を買っていただろう。

拡大筆者が高校生の頃の大場久美子=1979年

 だから、AKB48の“総選挙”でお気に入りメンバーをセンター位置に立たせるため、何十枚もCDを買い投票権を買うファンを、「キモいオタク」と冷笑する気にはなれない。なにしろこっちは「コメットさん」の追っかけですから。

 一方で、いわゆる良識派とされる人たちが、AKBに冷淡なのも、分かる気がする。

 「会いにいけるアイドル」として一部ファンが熱狂していただけだったAKBは、ある時期、一挙に臨界を超えて「国民的アイドル」になった。いまや週刊誌で彼女たちの写真が載っていない週を探す方が難しい。全テレビ局は言うに及ばず、朝日新聞まで“総選挙”の結果を詳報するようになっている。

 こうなると、AKBに魅力があるから人気がある、というのではない。人気があるから人気がある。みなが話題にするから話題になる。本当に「すごい」からすごいのではなく、「みながすごいと言う」からすごくなる。すごさという事実は、みながすごいと言う事実の後からしか、現れてこない。

 構図としてこれは、ロックやスポーツのスーパースターとか、超高級ファッションブランドとか、カリスマと呼ばれるような政治や宗教の指導者とか、もっといえば貨幣や言語とも同じだ。みながすごいというからすごい。みなが使用するから、通用する。

 ヒトラーやムッソリーニが、なぜあのような絶大な権力者になれたのかを考えていくと、どうしても最後に謎が残る。 ・・・ログインして読む
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筆者

近藤康太郎

近藤康太郎(こんどう・こうたろう) 朝日新聞諫早支局長

1963年、東京・渋谷生まれ。「アエラ」編集部、外報部、ニューヨーク支局、文化くらし報道部などを経て現在、長崎・諫早支局長。著書に『おいしい資本主義』(河出書房新社)、『成長のない社会で、わたしたちはいかに生きていくべきなのか』(水野和夫氏との共著、徳間書店)、『「あらすじ」だけで人生の意味が全部分かる世界の古典13』(講談社+α新書)、『リアルロック――日本語ROCK小事典』(三一書房)、『朝日新聞記者が書いた「アメリカ人が知らないアメリカ」』(講談社+α文庫)、『朝日新聞記者が書いたアメリカ人「アホ・マヌケ」論』(講談社+α新書)、『朝日新聞記者が書けなかったアメリカの大汚点』(講談社+α新書」、『アメリカが知らないアメリカ――世界帝国を動かす深奥部の力』(講談社)、編著に『ゲゲゲの娘、レレレの娘、らららの娘』(文春文庫)がある。共著に『追跡リクルート疑惑――スクープ取材に燃えた121日』(朝日新聞社)、「日本ロック&フォークアルバム大全1968―1979」(音楽之友社)など。趣味、銭湯。短気。

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