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『JIN-仁-』と『テルマエ・ロマエ』――ユートピアとは、紙のフタが「スッポン」と抜ける社会

鈴木繁 朝日新聞編集委員(文化)

 仕事がら、フツーのおっちゃんよりはよくマンガを買う、マンガを読む。なので、しばしば友人から「最近、面白いマンガある?」と聞かれる。簡単に聞くけどねえ、これは難問なんです。あなたの好きなポテチの味を当てるくらい難しい。

 読んでおいたほうがいいマンガ、というのならまあなんとなく、挙げられる。ぼんやりとしているとはいえ、マンガ発展の流れがあって、ソレ的に外せない作品というのがある。例えば、手塚治虫の『新宝島』とか、つげ義春の『ねじ式』、大友克洋の『AKIRA』みたいなマンガだ。でも、そういうことを聞きたいわけじゃないんだよね。

 それが、ありがたいことにここ数年はオススメ作に苦労しなかった。村上もとか『JIN-仁-(集英社)かヤマザキマリ『テルマエ・ロマエ』(エンターブレイン)を読ませておけば、白い目で見られることはなかったから。こんなにススメやすいマンガたちはもしかしたら『ドラえもん』以来かもしれない。

 あ、念のために申しあげておくが、「おススメしやすい」と「好き」とは重なりませんから。山口貴由による筋肉断裂面続出の残酷武士道もの『シグルイ』、あるいは、作者の実体験を土台にしたとおぼしき中学生妄想増殖マンガ『悪の華』は大好きだし、傑出した作品だが、おススメをちゅうちょさせるものがある。読んでもらえば分かる。ノークレームでお願いします。

 さて、おススメ2作には大きな共通項がある。どちらも主人公が専門職。そして、タイムスリップが物語のキーとなっていること。『JIN-仁-』の南方仁は現代の医者で幕末期の江戸に戻り、われわれの受けている最新医療の知識と技術によって、江戸期に医学の驚異の改新をもたらす。『テルマエ・ロマエ』の主人公でローマ時代の浴場設計技師、ルシウス・モデストゥスはお湯や水を通して現代と古代を行き来し、古代ローマの風呂文化に新風を起こして皇帝・貴族から一般市民に至るまで感嘆の渦に巻き込んでいる最中だ。

 いや、もちろん、タイムスリップ、時間旅行はマンガの中では特別珍しい事象ではありません。

 楳図かずおの『漂流教室』や細川千恵子『王家の紋章』まで遡らなくても、今だって、ビートルズのコピーバンドが、ご本家の出現直前の日本に時間移動する「僕はビートルズ」や、現代フレンチの料理人が戦国時代に突如現れ、信長の料理番となる「信長のシェフ」といったタイムスリップマンガが週刊誌に連載されている。

 そもそもタイムスリップは、SFの起源とともにあるといっても過言ではないジャンルで、英国のH.G.ウェルズが時間旅行小説の祖ともいうべき『タイムマシン』を書いたのが19世紀末。それから、足かけ3世紀にわたって、映画やテレビドラマも含めると、いったいどれくらいこのテーマで作品が送り出されてきたのか、見当さえつかない。

 その長大なバベルの資料庫に加わったばかりの、『JIN』と『テルマエ』がなぜ、格別おススメしやすいのか。 ・・・ログインして読む
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筆者

鈴木繁

鈴木繁(すずき・しげる) 朝日新聞編集委員(文化)

1957年生まれ。1983年、朝日新聞社入社。1987年から学芸部員となり、家庭、文化、娯楽、読書面などを歴任。2004~07年、文化部長。「AERA」シニアライター、オピニオン編集グループ記者などを経て、2011年4月から編集委員。担当は読書と文化一般。著書に『時代はへらふにゃ三白眼――朝日新聞〈さんでーすぽっと〉Vintage’90-’87』(第三書館)、編著に『漫画鏡 平成コミックワールド探検』(河出書房新社)。共著に『会社のフシギ――肩こり女は今日もお仕事!』(朝日新聞社くらしスタイル班/編、中央公論社)。2016年11月、死去。

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