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『なるほど!ハイスクール』、AKB多田愛佳の微妙な順位と競争社会

青木るえか エッセイスト

 あらゆる差別の中でもっともエゲツない差別は「能力差別」ではなかろうか。

 差別をしちゃいけない、というのはタテマエとして誰でも持っているもので、だからこそネットで在日外国人(有り体にいえば韓国朝鮮)差別とか部落差別とかがイビツに盛り上がったりする。でも、それに対してちゃんと、そういう差別連中をたしなめる、叱る、バカにするという「ちゃんとした人々」も確実に存在する。日本もまだマトモだ、と感じさせる瞬間である。

 しかし、そういうマトモな人々でも「能力差別はしょうがない」と思ってるんじゃないか。「それは差別ではない」と。

 人種民族性別性的志向宗教、などで人を差別したらいけないということになっていて、そりゃ確かに当然の話だ。でもこういう差別が表面化する時というのは、「能力ある人が人種民族性別などでゆえなく排除される」という図式ではないだろうか。これは「差別反対」の人にとって、とてもわかりやすい美しい図式(美しいってのもなんだが)なのだ。絶対なる正論というか。

 これはひっくり返すと、能力がない人はしょうがない、ってことか?  

 いや、そうは言ってないだろう。障碍者差別をなくそうという運動もきちんとあるし。そうじゃなくて健康で、単に能力が足りない人に、世間は厳しい。この場合の能力には容姿も含まれる。以前読んだ誰かのエッセイに(鈴木いづみだったか)に「B問題」というものがあると書いてあって、それは「バカ、貧乏、ブス、勉強ができない、ボケ」という頭文字Bの問題で、このB問題を抱えたやつはまったくどうしようもねえ、というような論調なのであるが、B問題を多く抱えた身とすると「どうしようもない」のは同感で、自ら「バビブベボ妻」などと言っているが、でもこの「どうしようもなさ」は万人に認められている、というかB問題については「どうしようもない」と蔑んで当然なことになっている。

 能力差別はやめよう、と私はそんな時に極左のような気持ちになる。能力によって人の立場を決めるのはやめろ。能力だって「生まれ持ったもの」ではないか。男女差別や国籍差別がいかんのだったら、能力差別だっていけないんじゃないのか。すべて平等に。総理大臣も学校の教師も警察官も会社員もぜんぶクジ引きで決めろ。原始共産制で行け。クジ引きは原始共産制じゃないけど。

 …………と、いうようことを最近とても新鮮に思い起こしている(いくらなんでもこんな思想はふだんは忘れるようにしている)、その理由はAKB48のせいである。

『なるほど!ハイスクール』(日本テレビ系)というAKBメインのバラエティ番組を最近は食い入るように見ている。 ・・・ログインして読む
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筆者

青木るえか

青木るえか(あおき・るえか) エッセイスト

1962年、東京生まれ東京育ち。エッセイスト。女子美術大学卒業。25歳から2年に1回引っ越しをする人生となる。現在は福岡在住。広島で出会ったホルモン天ぷらに耽溺中。とくに血肝のファン。著書に『定年がやってくる――妻の本音と夫の心得』(ちくま新書)、『主婦でスミマセン』(角川文庫)、『猫の品格』(文春新書)、『OSKを見にいけ!』(青弓社)など。

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