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「ロミオ&ジュリエット」――やっぱりミュージカルは歌の魅力が一番!

小山内伸 評論家・専修大学教授(現代演劇・現代文学)

 やっぱりミュージカルは音楽のよさが最大の魅力! 東京で上演中の「ロミオ&ジュリエット」を観劇してあらためてそう感じた。ノリのよいポップスと、流麗でドラマティックな調べとが織りなす楽曲は本当にすばらしい。シェイクスピアの古典に、音楽劇の形で新たな息吹が込められた。

 ジェラール・プレスギュルヴィック作詞・作曲によるフランス・ミュージカル(2001年、パリ初演)の翻訳版で、昨年、宝塚歌劇団が大阪・福岡で日本初演、今年2~3月には宝塚雪組が東京で上演している。今回の舞台は、男女の俳優が演じる、つまり普通のミュージカルでの初の上演である。潤色・演出は宝塚版と同じく、小池修一郎。現在、ミュージカル界で最も秀でた成果を生み続けている演出家だ。

 ヴェローナの名家、モンタギュー家とキャピュレット家との長年にわたる確執を背景に、対立する両家のロミオとジュリエットが深い恋に落ち、やがてすれ違いの悲劇に至る物語。原作の本筋を踏まえながら、所々に改変を加え、演出的な工夫を盛り込んでいる。

 フランス・オリジナル版からあった設定だが、二人の愛に忍び寄る不吉な「死」のダンサーが、人物を操るかのように随所で舞い、悲劇の予兆を視覚的に表現する。宝塚版では「死」のほかに「愛」のダンサーも登場させ、「死」と「愛」の双方に見守られた宿命の恋を強調したが、今回は「愛」は出さず、この点はフランス版と同じ形に戻した。

 また、宝塚版では、モンタギュー家の面々は青系、キャピュレット家は赤系の衣装に統一し、スタイリッシュな群舞を見せたが、本作は、モンタギュー家はドラゴンをテーマにクロコ柄、キャピュレット家は獅子をテーマにレオパード柄の衣装をまとい、現代的でシャープなダンスを披露する(TETSUHARU振付)。

拡大城田優(右)と昆夏美=宮川舞子氏撮影

 物語を端的に運ぶ音楽の構成が見事だ。第1幕の1曲目「ヴェローナ」では両家が諍いを繰り返す街の環境を伝え、2曲目のキャピュレット夫人(涼風真世)とモンタギュー夫人(大鳥れい)による「憎しみ」で、対立の根の深さを語る。

 こうしてお膳立てができたところで3曲目、ロミオ(城田優と山崎育三郎のダブルキャスト)とジュリエット(昆夏美とフランク莉奈のダブルキャスト)がそれぞれ別の空間で歌う「いつか」がいい曲だ。まだ見ぬ恋へのあこがれを表現した初々しいナンバーで、フランス版ではこの曲はもっと後に歌われるが、早い段階で主役の二人をフィーチャーした小池の構成感覚が優れている。

 この後、ジュリエットへのパリス卿の求婚や、原作にはないジュリエットの出生の秘密など、キャピュレット家の事情が明かされる。次なるヴェローナ市街の場面で、ロミオ以下モンタギュー家の若者たちが歌い踊る「世界の王」が見どころ、聴きどころの一つ。

 自分たちは誰にも支配されない世界の王だと宣言して、覇気を高らかに歌い上げる。この曲はテンポが快調でダンスも格好いい。ごくシンプルなメロディーながら前奏が短調、Aメロで長調に転調するのが効いている。ストーリーを進める上では必要のないナンバーなのだが、ミュージカルの構成としては効果的な役割を果たしている。第1幕半ばに弾む場面を持ってきたこと、若者たちの生気を印象づけたことで、終盤の死への対照的な伏線となるからだ。

 二人が初めて出会う仮面舞踏会の場面で流される音楽は、ディスコ調の軽快なインストゥルメンタル。スピーディーな群舞のさなか、無言のうちに二人が運命的な出会いを果たすのも粋な工夫だ。こののち、時が止まって人々は去り、二人は「天使の歌が聞こえる」という曲を唱和、ミュージカルならではの格別な一場を形づくる。

 有名なバルコニーでの逢瀬で二人が歌う「バルコニー」が甘美で高揚感に富み、引き返せない恋の行方を決定づける。第1幕のフィナーレは礼拝堂での結婚式。ここで歌われる「エメ(好き)」は美しい旋律だが、どこか悲しげな調べをはらんでいるあたりが巧妙。

 第2幕。

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筆者

小山内伸

小山内伸(おさない・しん) 評論家・専修大学教授(現代演劇・現代文学)

1959年生まれ。慶応義塾大学文学部卒。ロンドン滞在を経て1989年、朝日新聞社入社。2013年に退社するまで、主に学芸部(現・文化くらし報道部)で文芸・演劇担当を務める。著書に『ミュージカル史』(中央公論新社)、『進化するミュージカル』(論創社)。日本演劇学会会員。

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