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 つい1年前までは、韓流ファン以外には知られていなかったその名を、いまや雑誌やテレビで見ない日はない。チャン・グンソク(24)のことだ。

 最近のメディアには「グン様」などと呼ばれているが、ファンは「グンちゃん」と呼ぶ。人気は依然、高い。日本で歌手デビューするやCDを初週で11万9000枚売り上げ、写真集も予約だけで5万部売り、CM出演料は男性タレントトップの1本9000万円になったともいわれる。10月の来日ツアーのチケット6万枚も5分で完売、11月の東京ドームでの追加公演も決まった。

拡大来日して茨城空港を訪れたチャン・グンソクに、ファンら3500人が声援を送った=2011年3月3日、茨城県広報戦略室提供

 一方、そんな過熱ぶりに違和感を覚え、「彼のいったいどこがいいのか?」という人も増えている。好き嫌いはあって当然だ。ただ、韓流を見てきた者にとっては、チャン・グンソクは、これまでいなかったタイプの韓流スターとして、興味深い。韓流の今後を担うキーパーソンのひとりであると思う。

 最初にふまえておきたいのは、競争の厳しい韓国の芸能界では、俳優の演技力は何より問われるということだ。いくら容姿がよくても、演技がうまくなければ話にならない。人気アイドルというだけでドラマの主演に起用される日本とはわけが違う(もっとも最近は韓国でも、K-POPアイドルのドラマ進出で、演技力の低下を懸念する声もあがっている)。

 その点、グンソクも、若手演技派として演技力には定評がある。5歳から子役モデルで活躍、日本では主演ドラマ「美男〈イケメン〉ですね」のクセのあるアイドルバンドリーダー役で昨年人気に火がついたが、これまでもドラマや映画で、端正な王子から不気味な殺人容疑者の役まで広くこなしてきた。大学では演技論も学んでいる。韓国ではちゃんと“俳優”をしていないと、役者としては第一線で生きてはいけないのだ。

 一方、日本の韓流の特色は「ヨン様」以来、スター個人の人気がそれを支えていることにある。日本の韓流スター熱は2003年の大ブーム以来、拡散傾向にはあるが、いまも冷めてはいない。「日本では、役柄ではなく、自分という人間そのものが愛されていることに驚いた」と、いまだに来日した韓流スター自らが目を丸くするほどだ。

 韓流に限ったことではないが、これほどスター本人の写真集やグッズが売れる国は世界中を探しても他にない。特殊な精神性だとつくづく思うが、スターの写真なら「インターネットでダウンロードすればいい」という韓国のファンとはここが違う(もちろん韓国でも熱心な追っかけファンは多くいるが)。

 これまで多くの韓流スターが日本にやってきたが、じつはチャン・グンソクほど、この「スター本人が好き」という日本の大衆の心理を把握しているスターはいなかったのではないか。彼はその心理を読み取り、それに応えるべく、「グンちゃん」という、彼個人のキャラクターを全面に打ち出している。

 言いかえれば、どのスターよりも日本での自分の見せ方を知っている。その強い個性もこれまでの韓流スターにはなかったものがある。この点で、これまでになかった新しいタイプの韓流スターなのだ。

 まず目を引くのが、その中性的でフォトジェニックな容姿である。身長は182センチと高いが、スリムな肢体に茶色の長髪、メークが似合う甘い顔立ちは“小公子”というか、少女漫画から抜け出した“王子”のようである(実際、彼はファンに対して、自らを“プリンス”と言っている)。間近で見ると、24歳という実年齢よりもずっと若く見える。

 これまでの韓流スターやK-POPのアイドルたちが筋肉隆々に鍛え上げた“モムチャン(美しい肉体)”を誇るのに対して、グンソクの外見のマッチョ度は明らかに低い。中学時代から日本のファッション誌を愛読し、オシャレを楽しむためには筋肉を付けたくないと、雑誌のインタビューで憚(はばか)りなく語り、屈強な“韓国男児”のイメージから離れたところに立つ。

 彼がおしゃれアイテムとして愛用するのはストールやスカーフであり、ときには女物のストールも平気で纏(まと)う。長髪をギャル系顔負けの”盛り髪”にしてみたりもする。その外観はこれまでになく無国籍であり、ジェンダーレスだ。グンソクはグローバル化と消費文化の影響で変わりつつある韓国社会の、新世代男子の先端を走っている(韓国では、その個性の強さゆえに好き嫌いの分かれるタイプでもある)。

 グローバルで無国籍の“王子”は、韓流に関心のなかった10~20代の日本の女性層を一気に引きつけた。“カワイイ”というツールを通じて自己表現することに熱心な若いギャル系女性たちの目に叶う“カワイイ”韓流スターが初めて現れたのだ。

 若い彼女たちの多くはすでにK-POPに夢中だった。10~20代の女性たちが「美男〈イケメン〉ですね」に引かれたのは、関心の高まる韓国音楽業界の舞台裏を描いていたこと、軽快なラブコメであったことも大きいが、彼女たちの感性に合うスターをそこに見つけたからである。ツンデレのキャラクター、濃いアイラインメークを施した中性的ファッションも若い女性たちのセンスを刺激した。それはグンソク自身のスタイルと重なるところが大きい。メークもグンソク本人のアイデアだったと聞く。

 一方、グンソクのスタイルは、日本でこれまで韓流を支えていた中高年女性層にも支持された。腹筋の割れた身体を“男らしさ”の象徴として、ストイックに肉体を鍛える姿には、家父長制や、厳しい徴兵制がある韓国社会が透け見え、息苦しさ、悲壮感を感じてしまう。価値観を強要されているような窮屈さがある。それに比べて、柔らかな“無国籍王子”は、自由で気楽で、見ていて楽しい、となるわけだ。

 いっぽう、フェミニンなルックスからは想像できないほどグンソクの声は低く凛々しい。その声を、あるいはその太い声と甘い外見との“ギャップ”を、チャン・グンソクの魅力にあげる人は多い。韓国では男優の声の低音美は、演技の重要な要素とされるが、グンソクも声で演技ができる俳優なのである。その太い声は、彼が「カワイイ」だけの存在でないことを、本質はやはりれっきとした「韓国人俳優」であることを人々に認識させるのだ。

 グンソク自身、その声が自分の武器であることをよく知っている。歌を得意とする俳優が多い韓国で、歌手やミュージシャンの役を多くこなし、歌唱力には定評がある。「美男〈イケメン〉ですね」で人気が出るや日本で音楽活動を開始、歌手デビューもして、知名度を上げた。このように、日本では、一俳優としてではなく、マルチなエンターテイナーとして現れたところに、グンソクの特色がある。ドラマのみを通じてよりも、早く多くの人々に「チャン・グンソク」の名まえは知れ渡った。

 興味深いのは、誰かが戦略としてそういう売り出し方をしているのではなく、本人がセルフプロデュースしているということだ。(つづく)

 


筆者

林るみ

林るみ(はやし・るみ) 朝日新聞「be」編集部員

1988年、朝日新聞社入社。「アサヒグラフ」編集部員、「パーソン」編集長、書籍編集部編集委員、「週刊朝日」編集部員、「AERA」編集部員などを経て、現在、朝日新聞「be」編集部。著者に『タイガとココア』、共編著に『IRISからわかる朝鮮半島の危機』『キム・ソナが案内する「私の名前はキム・サムスン」』『ホテリア――新版公式ガイドブック』など。

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