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短編に生々しく残された村上春樹の思い

佐久間文子 佐久間文子(ライター)

 「村上春樹に『猫の町』なんて短編あったかなあ」

 夏の終わり、雑誌「ニューヨーカー」を読んでいた家人にそう聞かれた。いかにもありそうなタイトルだ。少し考えて、それは長編『1Q84』の中で、主人公の天吾が、折り合いの悪い父親を房総半島の療養所に訪ねる車中で読む(架空のドイツ人作家による)短編小説のタイトルだと思い当たった。猫だけが暮らす町に紛れ込み帰れなくなってしまう青年の寓話的なその物語を、主人公は父親の病室で読み聞かせる。『1Q84』の中でも象徴的な場面である。

 「ニューヨーカー」の作家(つまりアメリカでメジャーな作家)と認知されている村上春樹だが、この雑誌に作品が載るのは久しぶりで、『1Q84』が10月末、アメリカで(イギリスでも)出版されるのを受けてのことだ。掲載されているのはある章そのままの抜粋ではなく、Book2の第8章に、Book1の14章およびBook2の10章の一部の天吾と父親に関する記述を細かく挿入するアクロバティックな再構成が施されたオリジナル編集の「TOWN OF CATS」で、完成した一枚の絵を、別々の絵にはめこむためにいったんばらばらのピースにしたあとで復元したように、整然とすきのない、完璧な短編小説となっている。

 村上自身は自分を

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