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トニー賞ミュージカル『ブック・オブ・モルモン』は抱腹絶倒の快作

小山内伸 評論家・専修大学教授(現代演劇・現代文学)

 9月半ばにニューヨークに行って来た。お目当ては、今年のトニー賞で作品賞を始め9部門を制したミュージカル『ブック・オブ・モルモン(モルモン書)』。アフリカにおけるモルモン教布教の苦戦を描いた作品だ。

 モルモン教の布教? そんな話を誰が観たがる? と思うかもしれないが、それが実に大勢の人々が観たがって劇場に押しかけ、チケットは数カ月先まで完売の状態にある。

拡大『ブック・オブ・モルモン』を上演中のユージーン・オニール劇場=筆者撮影

 私も正規ルートではチケットを入手できず、仕方なしにダブ屋に定価の5倍にあたる500ドルを払って観劇した。だが観てみたら、これが抱腹絶倒の快作。あまりのおかしさに、損得勘定などどうでもよくなった。物語の面白さ、バカバカしさを、歌とダンスによってこれほど増幅したミュージカル・コメディーは、トニー賞史上最多の12部門を独占した『プロデューサーズ』(2001年)以来、いやそれ以上ではないか。

 第1幕。モルモン教の本拠地ソルトレイク・シティの布教訓練所で、若き伝道師たちが世界各地への派遣を言い渡される。ハンサムで意欲的なプライスと、シャイでずんぐりしたカニングハムは、ペアを組んでウガンダに送られることになった。ところが、プライスはディズニーワールドのあるオーランドに憧れ、カニングハムは空港で母親にジュースを飲ませてもらっている始末。どこか幼児性を残す2人組が、アフリカの辺地で果たして任務を遂行できるのか、というつかみでまずは観客を引っ張る。

拡大(c)Joan Marcus,2011

 ウガンダ北部の村に着くなり、2人は軍の兵士たちに所持品を巻き上げられる。さらに、村人たちは「Hasa Diga Eebowai」という歌と踊りで歓待するが、プライスが現地ガイドにその意味を問うと「ファック・ユー・ゴッド」だと聞かされ、2人はお先真っ暗になる。人々は、戦争、飢饉、エイズ禍、軍の圧政といった現実の厳しさに直面し、宗教どころではなかった。

 2人は先発した伝道師たちと合流するが、彼らはまだ1人も信者を獲得できていなかった。翌日、プライスはモルモン書を片手に、楽園への小径の話を村人たちに聞かせるが、とんと理解されない。そこへ、地区の司令官、バット・ファッキング・ネイキッドというふざけた名前の将官が現れ、すべての女性に週末まで割礼するよう命じる。村人の1人が抗議すると、将官は躊躇なく彼を射殺する。返り血を浴びて怖じ気づいたプライスは、任務を放棄して帰途につく……。

 布教ものとは、うまい設定だ。異文化と対峙するため、環境の落差や価値観の違いがズレの笑いを生み出すからだ。さらに、格好いい男とダサい男のコンビによる旅には、2人の反応の違いと、彼らの関係の変化を織り込める。

 しかもその先が、ひとひねりしてある。 ・・・ログインして読む
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筆者

小山内伸

小山内伸(おさない・しん) 評論家・専修大学教授(現代演劇・現代文学)

1959年生まれ。慶応義塾大学文学部卒。ロンドン滞在を経て1989年、朝日新聞社入社。2013年に退社するまで、主に学芸部(現・文化くらし報道部)で文芸・演劇担当を務める。著書に『ミュージカル史』(中央公論新社)、『進化するミュージカル』(論創社)。日本演劇学会会員。

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