2011年10月31日
北文学の魅力は、ユーモアと叙情性の両面がある。うらぶれた青春時代を送っていた私は、そのユーモアにどれだけ元気づけられたことか。
まず初期の短編『第三惑星ホラ株式会社』(『あくびノオト』所収)は傑作の一つ。金儲けを企てる「私」の徒労に帰する奮闘を描いて、読者を「しんみり」させようとする。これは私小説のパロディーになっている。
ユーモア小説『怪盗ジバコ』にも爆笑させられた。例えばこんなくだり。「わが日本にある方面のたいそうな権威である学者がいた。どのくらいの権威かというと、その方面の事柄については余人は一語も口をだすことができず、あまつさえ当の学者までひとことも口をきかないというほどの大学者であった」。一国の国家予算に相当するほどの盗みを働く大怪盗ながら、金目当てではなく、変てこな情熱に突き動かされて奇抜な犯罪を企てるあたりが素敵だ。
エッセー「どくとるマンボウ」シリーズでは、『航海記』が世に北杜夫の名前を知らしめた出世作(それ以前に芥川賞候補に3度挙げられている)だけれども、『青春記』がやはり一番ではなかろうか。
北さんの人気がピークだった時期に、「別冊新評」が『北杜夫の世界』(1975年)という特集を組み、北さんにファンレターを宛てたコアな読者に対して「好きな作品」のアンケートを行ったが、『どくとるマンボウ青春記』はダントツの1位だった。文学に目覚め、最初の長編『幽霊』を書き上げるまでの、いがらっぽい青春の日々がペーソスで彩られている。エピソードの奇天烈さと誇張のユーモアが冴えた、「マンボウ節」全開のエッセーだ。
『どくとるマンボウ途中下車』では、「カラコルムへの道」の章が面白い。
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