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北杜夫さんの破天荒なユーモアと抒情が好きだった

小山内伸 評論家・専修大学教授(現代演劇・現代文学)

 北杜夫さんの家には、文芸記者になってから取材のほか、おしゃべりするために何度か伺った。私が愛読者と知った北さんは歓待してくれ、ファアグラ(缶詰)とワインのシャトー・ラグランジュを供してくれたこともあった。作品をめぐる楽しい会話は尽きることがなかった。

 北文学の魅力は、ユーモアと叙情性の両面がある。うらぶれた青春時代を送っていた私は、そのユーモアにどれだけ元気づけられたことか。

拡大日本からの独立を宣言した「マンボウ・マブゼ共和国」の国旗を背に国歌を歌う北杜夫さん=2000年10月、東京・世田谷文学館で

 まず初期の短編『第三惑星ホラ株式会社』(『あくびノオト』所収)は傑作の一つ。金儲けを企てる「私」の徒労に帰する奮闘を描いて、読者を「しんみり」させようとする。これは私小説のパロディーになっている。

 ユーモア小説『怪盗ジバコ』にも爆笑させられた。例えばこんなくだり。「わが日本にある方面のたいそうな権威である学者がいた。どのくらいの権威かというと、その方面の事柄については余人は一語も口をだすことができず、あまつさえ当の学者までひとことも口をきかないというほどの大学者であった」。一国の国家予算に相当するほどの盗みを働く大怪盗ながら、金目当てではなく、変てこな情熱に突き動かされて奇抜な犯罪を企てるあたりが素敵だ。

 エッセー「どくとるマンボウ」シリーズでは、『航海記』が世に北杜夫の名前を知らしめた出世作(それ以前に芥川賞候補に3度挙げられている)だけれども、『青春記』がやはり一番ではなかろうか。

 北さんの人気がピークだった時期に、「別冊新評」が『北杜夫の世界』(1975年)という特集を組み、北さんにファンレターを宛てたコアな読者に対して「好きな作品」のアンケートを行ったが、『どくとるマンボウ青春記』はダントツの1位だった。文学に目覚め、最初の長編『幽霊』を書き上げるまでの、いがらっぽい青春の日々がペーソスで彩られている。エピソードの奇天烈さと誇張のユーモアが冴えた、「マンボウ節」全開のエッセーだ。

 『どくとるマンボウ途中下車』では、「カラコルムへの道」の章が面白い。

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筆者

小山内伸

小山内伸(おさない・しん) 評論家・専修大学教授(現代演劇・現代文学)

1959年生まれ。慶応義塾大学文学部卒。ロンドン滞在を経て1989年、朝日新聞社入社。2013年に退社するまで、主に学芸部(現・文化くらし報道部)で文芸・演劇担当を務める。著書に『ミュージカル史』(中央公論新社)、『進化するミュージカル』(論創社)。日本演劇学会会員。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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