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 近年、「新聞の雑誌化」/「雑誌の新聞化」といった解釈をしばしば目にする。この議論のパターン化は何度も反復されてきた。歴史的にさかのぼることができる。そこで前回、1930年代前半の事例を取りあげた。

 しかしながら、当時のメディア分析は飛躍を孕(はら)んだ大雑把なものだった。ひるがえって考えるに、現在の私たちの議論もさして変わらぬ段階にとどまってはいないか。メディアに関する理論や知見がかくも精緻化しているにもかかわらず、だ。これが前回の最後に出てきた問いだった。

 重要なのは過去のメディア分析の正誤ではない。メディア論の来歴から参照可能な材料を引き出してくることである。それは本連載を一貫する態勢でもある。前回の議論を受けて、周辺をもう少し掘り起こしてみよう。

 1930(昭和5)年ごろ、新聞紙上に「雑誌短評」記事が定着している。その月に刊行されたあらゆるジャンルの主要雑誌を順次寸評していく形式である。なかでも、『東京朝日新聞』に常設された「×月の雑誌」欄は、600字程度ながら匿名による辛辣なコメントが話題を呼んだ。同欄は連日の小コラムを総合することで、雑誌業界の網羅的な点検ができるよう設計されている。

 新聞における雑誌批評はこれにかぎらない。この時期、 ・・・ログインして読む
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筆者

大澤聡

大澤聡(おおさわ・さとし) 批評家、近畿大学文芸学部講師(メディア史)

1978年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。日本学術振興会特別研究員を経て、現在、近畿大学文芸学部講師。専門はメディア史。出版産業やジャーナリズムの歴史的変遷を分析。デジタル時代の言論環境に関して提言をおこなう。文芸批評も手がける。著書に、『批評メディア論――戦前期日本の論壇と文壇』(岩波書店)など。Twitterは、@sat_osawa

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