メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

幼くて、シュールを知らず――ウルトラQ「人工生命M1号」を見たころ

鈴木繁 朝日新聞編集委員(文化)

 「畳の目を描かせたら世界一」と賞賛を集めるギネス級のマイナーマンガ家、東陽片岡先生はまた、趣味と実益とを兼ねた風俗産業のレポートマンガの分野でも、つとに知られた達人である。マンガ同様、風俗においても先生が得意とされるのは、愛欲とはなんぞやに通底し、あるいは悩み、それゆえいくばくかの疲れをその身に帯びた、練れた女性であって、かの女性たちが集う「熟女ホテトル」なるものをもっぱら愛好されている。

 さて、以下の解説はすべて東陽先生のマンガからの受け売りであることを、読者諸賢にあらかじめお断りしておく。

 ホテトルとは、客がラブホテルの部屋に陣取ってのち店に連絡し、派遣されてくる従事者を待つ形の風俗産業の一種である。指名用の写真などが雑誌やウェブサイトとやらに出ている場合もないではないが、それらもたいてい顔を斜め上から目の前にかざした手によって、肝心な部分をほどよく隠したポートレートとなっている。このため客となる男子はホテルのドアを開ける時に初めて、あいかたとなる女子の顔をみることとなる。

 ピンポーン、ガチャ。

 細いドアの隙間から、少しずつ明らかになる顔。ここに、時に激しい葛藤を伴う内面のドラマが生まれる。気に入らなければ「チェンジ」と称し、別の従事者を派遣してもらうことは、おそらくどのホテトルクラブの会則にも謳(うた)ってあり、制度的にはなるほど、いつでも可能なのだが、そこは商売とはいえ一時は恋人気分を擬装もしようかという男と女、人間同士だ。もう二度と会わない女なのに男の心は、だからこそ悪い印象を残したくないという奇妙な欲求に捕らわれる。そのうち、まなざしを絡め合ったのも何かの運命ではないかという思いもわいて、「チェンジ」は言い出しにくいものらしい。

 かててくわえて、単なる美熟女、美魔女好みの俗人とは一線を画し、ナチュラルに年輪を経た高齢熟女好きを自認する東陽先生である。「決してチェンジはしない」ことを自らに課している。しかし、それでもたまに、ほんのごくたまにではあるが、「チェンジ!」の声が漏れてしまうことがある。

 構築された固い規範が崩れる。詩情の生まれる瞬間だ。

 チェンジはしない 心に決めて チェンジする   東陽

(長らくお待たせしました。ここで「ウルトラQ」のメーンテーマ曲が鳴り、石坂浩二のナレーションが入ります)

 <だれもが思わず、「チェンジ!」の声を出してしまう。それは、ドアを開けたら、そこに「人工生命M1号」が立っていた時なのです>

 テーマ曲続く……。

 今では、すっかりドロドロのオヤジになってしまった私たちも、「ウルトラQ」が ・・・ログインして読む
(残り:約3553文字/本文:約4637文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。
Journalismの記事も読めるのは全ジャンルパックだけ!


筆者

鈴木繁

鈴木繁(すずき・しげる) 朝日新聞編集委員(文化)

1957年生まれ。1983年、朝日新聞社入社。1987年から学芸部員となり、家庭、文化、娯楽、読書面などを歴任。2004~07年、文化部長。「AERA」シニアライター、オピニオン編集グループ記者などを経て、2011年4月から編集委員。担当は読書と文化一般。著書に『時代はへらふにゃ三白眼――朝日新聞〈さんでーすぽっと〉Vintage’90-’87』(第三書館)、編著に『漫画鏡 平成コミックワールド探検』(河出書房新社)。共著に『会社のフシギ――肩こり女は今日もお仕事!』(朝日新聞社くらしスタイル班/編、中央公論社)。2016年11月、死去。

鈴木繁の記事

もっと見る