2011年11月29日
なんかもう、こうまでありがちな結末だと何か言う気も失せてきますね。しかし、そのような、「気持ちを萎えさせて、体制(=大勢)にずるずると従わせよう」というのも権力者のテではないかと思うから、何か言う気が失せても、気持ちを奮い立たせてシツコク言い続けたい。
が、この清武GMナベツネ事件で、最初に私が感じたことってのは、「巨大かつ旧弊な体制への反抗は応援しなくてはならない」ということではなくて(それは当然なことで今さら口に出すまでもない。……と思ってたら世間ではそうでもない、ということで書いたのが前回の原稿です)もっと別のことだった。
テレビのバラエティ番組のことだ。
バラエティ番組の堕落と、この清武GMナベツネ問題というのは、病根が同じところにある。
そしてロッキング・オンの渋谷陽一にも同じ病巣がある、ということが前回の原稿を書きながらわかった。
しかしナベツネとバラエティと渋谷陽一が同じ問題を抱えているというのも、あまりにもその三つに関連がないので説明が長くなるのだが、まあ聞いてください。
今、テレビはどうしようもない、というようなことを週刊文春で特集していたが、確かにそんな気はする。とくにバラエティ番組。ほんとつまらん。
私みたいに「テレビをつけてるだけ」の人間にとって、バラエティ番組ってのはすごく迷惑なのだ。がーがーうるさい。うるさいから耳に聞こえる。聞こえるから聞いてみる。ひとつも面白くない。番組で笑ってるところがこっちにはまるで面白くない時の不快さたるや。それならテレビ消せばいいんだけど、さびしいもんでついつけてしまう。
そう、あの、番組内における笑いだ。
出演者が笑ってるところをことさら映すのはいいとしても(だってタレントの顔が見たい人はいるから)、笑い声の音をことさら聞かせるのはどうか。……ということについてはもういろいろなところで言われている。スタッフのかぶせる笑いがイヤだ、というのは。あれが「面白くもないタレントのギャグを笑ってさしあげる」→「タレント様を持ち上げるお仕事」→「どんどん内容がつまんなくなっていく」という悪循環。ほんとにあのスタッフの笑い声ってのはガンだよな。
……と、私も思っていた。テレビ番組を制作するっていうなら、ほんとうに面白い番組をつくることに力を入れるべきで、そこでつまんないギャグしてるタレントを笑ってさしあげるんでは本末転倒。いくら商売とはいえむなしくないか。
しかし、コトはそう簡単ではない。
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