メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

内柴事件の背後に「いやよいやよはいいのうち」の男根信仰

小田嶋隆 小田嶋隆(コラムニスト)

  最初に問題。次の数式を解釈せよ。

 「184+184+184+184+184+184=1104」

 いかがだろうか。単純な足し算だが。

 ん? おわかりにならない? 

 ははは。正解は以下の通り。

 「いやよいやよはいいのうち」

 念のために根拠を示すと「184」(←いやよ:拒絶)を6回積算すると「1104」(←いいわよ:受諾)になるという次第。つい先日ツイッターのタイムラインに流れてきた頓智だ。なるほど、よくできている。

 が、笑ってばかりもいられない。事実、笑っていない読者が3割程度はいるはずだ。いや、もっと大勢かもしれない。たぶん、女性読者の半数以上はカチンと来ている。

 「男って、笑いがとれればオンナをどうにかできると思ってるわけ?」

 「それ以前にまるで面白くないし」

 「そうよね。こんな征服礼賛思想をユーモアだと思ってる時点でアウトでしょ」

 了解。私が間違っていた。この種のジョークには、重大な副作用がある。その点は認めなければならない。でなくても、イヤだと言う意思表示をする人間は、イヤだと思うからそう言っているのであって、こういう場面での裏読みは、思想上のレイプであると言われても仕方がない。

 しかるに「いやよいやよはいいのうち」なる命題の実体的な意味は、

 「そりゃ最初はイヤだの何だのと言うかもしれないが、なあに強引にコトに及べばたいていのオンナは黙ってしまうものだぜ」

 ぐらいな鬼畜な経験則に由来していることになる。とすれば、この成句は、到底公共の場で言明できる良い文言ではない。

 それどころか、もう一歩踏み込んだ解釈をするなら、この言葉は、

 「仮にレイプをしたところで、告訴に踏み切るオンナなんて少数派だぞ」

 ぐらいな観察を含んでさえいる。

 とてもじゃないが、オフィスの昼休みに女性社員の前で口外できる人生訓ではない。

 実際、先月だったか、「犯すときに『これから犯しますよ』と言うか」と言って職を解かれた役人がいた。当たり前の話だ。妄言を吐く時に「これから妄言を吐くぞ」と言おうが言うまいが、公の場でアタマの悪い発言をすればクビは突然に飛ぶことになっている。これまた当然だ。なのに、更迭される人間は更迭された後でないと自分の置かれている立場を正確に知ることができない。阿呆というのはまことに哀れな生き物である。

 興味深いのは、内柴克人コーチが逮捕された案件についての、世間の反応だ。

 経緯を振り返る。

 事件が最初に報じられたのは11月の初旬だ。11月8日付のasahi.comは、『柔道「金」の内柴氏、セクハラの疑い 熊本の大学が調査』という見出しで記事を書いている。

 これが11月29日には『内柴客員教授を懲戒解雇 九州の大学、飲酒・セクハラで』(同じくasahi.com)という記事になる。大学の調査結果は、「クロ」と出たわけだ。

 で、それから一週間後の12月6日には警察が動くことになる。『内柴正人容疑者を準強姦容疑で警視庁が逮捕』(同)。

 この間、世間の受け止め方は、少しずつ変わっていった。

 「セクハラ」事案として報じられていた頃は、テレビのワイドショーも及び腰だった。

 「酒の上でのことだから」

 「密室で起こった男女のことですからね」

 「でも、真相はともかく、未成年に飲酒をさせたのはコーチとして……」

 と、「軽率」「脇が甘い」ぐらいなところで手を打つ風も見られた。

 それが、「懲戒解雇」→「準強姦で逮捕」となると、1ヶ月間の(あるいはもっと前からの)取材結果を吐き出すにいたる。

 「余罪続々」

 「悪評の数々」

 公的な機関も、後に続く。

 まず12月8日に熊本県が県民栄誉賞の取り消しを発表し、翌9日には中川文科相がスポーツ功労顕彰の取り消しを検討している旨を述べている。

 仕方の無いところだ。

 ところが、12月の10日、石原慎太郎東京都知事は、「都栄誉賞については」と尋ねる記者に、開口一番「なんだっていうんだ」と応じ「あなたがたがたきつけている。メディアは喜ぶかもしれないが、法治国家なんだから。一種の人権侵害じゃないですか」といさめた。(12月10日「週刊知事 東京・石原慎太郎」より)

 さらに、閣下はこう続けている。

 「逮捕されたといっても、これから裁判があり、無罪になるか有罪になるか分からない。表彰を取り下げるというのはフライングじゃないですか。もし無罪だったらどうするんだ」(同)

 男気溢れるご意見と申し上げておこう。

 知事閣下のコメントは、二重の意味で、「男気」を感じさせる。

 まず、世間が一斉に懲罰に流れる中で、「疑わしきは罰せず」という刑法の基本原則に立ち戻った見解を示した勇気について、素直に称賛せねばならない。都知事の発言は、言いにくい意見だが、正論だ。世間の論調が右へならえで同調する中、こういう正論をサラっと言ってのける勇気は、さすがに並の神経ではない。

 が、コトは単純ではない。

・・・ログインして読む
(残り:約991文字/本文:約3008文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

小田嶋隆

小田嶋隆(おだじま・たかし) 小田嶋隆(コラムニスト)

1956年、東京・赤羽生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、食品メーカーに就職するも8ヶ月で退社。その後、テクニカルライターなどを経て、現在は隠者系コラムニストとして活躍中。さいたまスタジアムに足繁く通う筋金入りの浦和レッズ・ファン。著書に『イン・ヒズ・オウン・サイトネット――巌窟王の電脳日記ワールド』(朝日新聞出版)、『サッカーの上の雲――オダジマタカシサッカ~コラム大全』(駒草出版)、『テレビ救急箱』(中公新書ラクレ)などがある。現在、日経ビジネスオンラインで連載中のコラム「ア・ピース・オブ警句」をまとめたコラム集『地雷を踏む勇気――人生のとるにたらない警句』(生きる技術!叢書、技術評論社)が好評発売中。近刊に『その「正義」があぶない。』(日経BP社)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

小田嶋隆の記事

もっと見る