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『恋の罪』の“超スノビズム”が観客に問いかけること

松谷創一郎 ライター、リサーチャー

 園子温監督の最新作『恋の罪』は、1997年に起きた東電OL殺人事件をモチーフとしている。大幅な脚色は加えられているが、テーマ的にも事件と正面から向き合った作品だと言える。

 売春をしていたキャリア女性が殺されたこの事件には、ふたつの側面がある。ひとつが冤罪の可能性だ。逮捕された外国人男性は、一審では無罪判決が出たものの、二審では無期懲役となり、刑も確定した。だが、被告と弁護団は再審請求を続けており、最近、新事実も判明して再審の可能性が高まった。15年経っても、いまだに決着を見ていない事件だ。

拡大『恋の罪』

 もうひとつの側面は被害者の人となりだ。当時39歳だった被害者女性は、昼は一流企業のキャリアとして働き、夜は街娼として渋谷・円山町の狭い路地に立っていた。そうしたギャップは、メディアから強い好奇の視線を向けられる一方で、同世代の女性たちから大きな共感を呼んだ。

 この映画は、後者の側面を抽出し、大幅な脚色を加えてひとつの映画として成立させた。しかも、被害者のみを描くのではなく、彼女と関係する女性たちを複数描くことによって厚みを増した。中心にいるのは3人の女性だ。

 実際の被害者にもっとも近い登場人物は、冨樫真演ずる大学教員の尾沢美津子だ。昼は大学で熱心に生徒を教える真面目な教員だが、夜は街娼として渋谷・円山町に立つ。

 この作品の実質的な主人公と言えるのは、神楽坂恵演ずる菊池いずみだ。彼女は有名作家の妻として、日々、静かに夫を支えている。しかし、そんな彼女が、スーパーでのアルバイトを経て、アダルトビデオに出演し、そしてある日美津子と出会う。

 水野美紀が演じるのは、夫に隠れて不倫をしている刑事の吉田和子だ。彼女は渋谷・円山町の惨殺事件を捜査し、その過程で被害者の立場と自分を重ねるようになる。

 被害者・関係者・傍観者──園が注力して描くのはこの三者間の関係だ。事件の被害者(美津子)から関係者(いずみ)は直接の影響を受け、そして被害者とは直接関係を持たない傍観者(和子)が被害者に“感染”していく。その展開とは、あの殺人事件が大きな反響を呼んだプロセスをフィクションとして再現したものだ。

 なかでも特異だったのは、殺された被害者への共感が多く見られたことだ。十分な収入がありながらも、自らの女性的価値を確認するかのように娼婦を続けていた被害者に、多くの女性たちは自分を重ねた。

 事件を追った『東電OL殺人事件』(2000年)を上梓した佐野眞一は、その続編『東電OL症候群』(2001年)で、そうした女性たちの共感をまとめている。そして佐野は、被害者が売春をするきっかけを、尊敬していた父親の死と、会社で出世コースから外れたことだと分析する。

 桐野夏生の小説『グロテスク』(2003年)は、『恋の罪』同様、この事件をモチーフとしながらも、大幅に脚色を加えたフィクションだ。被害者だけでなく、彼女の周囲にいる3人の女性たちを登場させることで事件を描いた。関係者や傍観者を登場させて、多角的に事件を描くこの方法論は、園と近しい。

 だが、そこで強調されているのは、生い立ちだ。

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筆者

松谷創一郎

松谷創一郎(まつたに・そういちろう) ライター、リサーチャー

ライター、リサーチャー。1974年生まれ。商業誌から社会学論文、企業PR誌まで幅広く執筆し、国内外各種企業のマーケティングリサーチも手がける。得意分野は、映画やマンガ、ファッションなどカルチャー全般、流行や社会現象分析、社会調査、映画やマンガ、テレビなどコンテンツビジネス業界について。著書に『SMAPはなぜ解散したのか』(SB新書)、『ギャルと不思議ちゃん論――女の子たちの三十年戦争』(原書房)。共著 に『どこか〈問題化〉される若者たち』(羽淵一代編、恒星社厚生閣)、『文化社会学の視座――のめりこむメディア文化とそこにある日常の文化』(南田勝也、辻泉編、ミネルヴァ書房)等。

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