2011年12月29日
(1)「スリル・ミー」(ステファン・ドルギノフ脚本・音楽、栗山民也演出)
観客席約110の小さな劇場、簡素な装置、演奏はピアノ1台、出演者もたった2人という小規模公演ながら、実に大きくて深い世界を紡ぎ出した。2005年にオフブロードウェーで初演された作品。
1920年代にあった少年誘拐殺人事件を題材にしている。インテリのゲイの青年「私」(田代万里生と松下洸平のWキャスト)と「彼」(新納慎也と柿澤勇人のWキャスト)のカップルは、凄惨な殺人事件を起こし、服役した。事件から34年後、「私」への5度目の仮釈放審理委員会が開かれている。
それまで、なぜ無関係な少年を殺害したのかと動機を問われても、「スリルを味わいたかったから」とだけ答えていた「私」は、初めて事件の真相を語り始める……。
19歳の「私」が再会した「彼」はニーチェの思想に毒され、超人的行為として犯罪に手を染め始める。専横でサディスティックな「彼」に引きずられながら、「私」も犯罪の片棒を担ぎ、ついには少年をあやめてしまう。
「彼」によるモノローグの歌で少年を誘い出す場面が戦慄的だ。言葉巧みに連れてゆく甘言を歌にすることで、少年を舞台上に登場させることなく、おぞましい誘拐現場を観客に「見せて」しまうのだ。また、犯罪が発覚し、徐々に追い詰められてゆくさまを、「私」と「彼」が電話で通話するデュエットで表現するのも、ミュージカルらしい優れた工夫だ。犯行後の経緯を説明するだけではなく、おびえる「私」と、苛立つ「彼」の心理も同時に語っているからだ。
やがて、「私」が現場に落とした物証のため、2人は逮捕・投獄され、しばらくして「彼」は獄中死する。
この物語は一見、犯罪の真相を探るミステリーのように思える。ところがラストシーンで衝撃的などんでん返しがある。獄中で「彼」に明かした「私」の告白によって、「彼」と「私」の関係は一挙に逆転し、さらに物語の枠組み自体が実はミステリーではなく、愛の物語だったという劇的な反転がもたらされるのだ。劇を見始めた頃とはまったく違う風景が開けることに、私は驚倒した。
作者のドルギノフはまだ20代の新人で、これがオフブロードウェー第一作と聞く。音楽も高揚感からリリカルな情感、ざらついた感触まで多彩なメロディーを紡ぎ出し、才気を感じさせる。ただし、和音のつけ方にはバリエーションを持たせた方がよいと感じる部分がある。
私は、松下×柿澤の若手コンビの公演を見たが、2人とも迫真の演技だった。松下は屈折した心理を陰影深く表し、柿澤は悪魔的な人格を見事に体現した。このコンビでの再演を望みたい。
(2)宝塚歌劇団雪組、ならびに男女共演版「ロミオ&ジュリエット」(ジェラール・プレスギュルヴィック脚本・音楽、小池修一郎演出)
シェークスピアの名作をミュージカル化したフランス発の作品だ。「ウエスト・サイド・ストーリー」のような大胆な置き換えはなく、基本的には原作に沿うが、宝塚版ではロミオとジュリエットを見守る「死」と「愛」のダンサーが登場し、男女共演版では携帯電話やハンバーガーの広告など現代の要素を混在させている。
このミュージカルはなんといっても音楽がいい。物語の骨格がしっかりしていて、歌が良ければ優れたミュージカルになるというお手本のような作品だ。劇中のナンバーでは「いつか」「世界の王」「綺麗は汚い」「あの子はあなたを愛している」「エメ」「天使の歌が聞こえる」「ひばりの歌声」など、耳について離れないメロディアスな歌が多数あり、悲恋の世界にゆったりと身をゆだねられる。
対立する両家の面々は統一した衣装をまとっており、スタイリッシュなダンスも見ものだった。
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