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【ポスト・デジタル革命の才人たち】千葉麗子さんインタビュー 「『電脳アイドル』の過去から『脱原発』」の未来へ」 (中)――内面から磨いた美しさを伝えていきたい

聞き手:服部桂・朝日新聞ジャーナリスト学校シニア研究員

――ヨーガとの出会いについて聞かせてください。

千葉 妊娠中、洋雑誌を見ていたら、マドンナがヨーガマットをくるっと巻いて小脇に抱えて、ニューヨークのセントラルパークに向かう写真があったんです。「ああ、これ来るな」とピンときた。日本人の女の子って、欧米の女性がやっていることに憧れて、すぐまねするでしょう? だからビジネス的にいけると思って、出産したらヨーガスタジオを設立しようと思って。

拡大撮影・河合博司(朝日新聞社)

 あと、ヨーガで出産後の体型を元に戻したかったこともあります。それから、もともと父親が、ヒンドゥー教や密教、仏教についての本をものすごく読んでいたということも、私がヨーガに興味を持ちはじめた背景にあると思います。

 それで、まずフィットネスクラブに行ったんですよ。1999年の9月に息子を産んだんですけど、1カ月後には始めていました。すぐのめり込んで、1年ぐらいでインストラクターの資格も取ったんですけど、フィットネスクラブのヨーガというのはスポーツジム向けにアレンジされているものでしかなくて、満足できなかったんです。それでインドのトラディショナルなヨーガを教えている成瀬貴良先生に弟子入りをしました。2003年からはインドに毎年飛んでいます。多いときで年2回ぐらい行っていますね。

――本場というか、発祥の地に行かなければいけないと思ったわけですね。

千葉 そうです。ヨーガにはいろいろ流派があって、インドから欧米を経由して、力強くてダイナミックな動きの「パワーヨーガ」として日本に入ってくるものもあれば、インドの伝統そのものといったものもある。さらにその中でも、動きが激しいものや緩やかなもの、瞑想がメインのものというふうに、さらに分かれているんです。

 私が訪ねたのは、北インドのヒマラヤのふもと、リンケーシというヨーガの聖地にある「DIVINE LIFE SOCIETY」という、スワミ・シヴァーナンダという聖者のところです。

 その時にガンジス河の上流で沐浴をしたら、涙が溢れてきたんですよね。ガンジス河は下流になると、生活用水や死体も流れているようなところですが、上流はヒマラヤの雪解け水が流れ込んでいて、水がさらっとしているんです。スワミと呼ばれる出家僧が死ぬと、その上流の水底に、すうーっと沈めていく。それを見たとき、本当にすごい、と思いました。死に対する怖さがなくなるような感じ。死や命って何だろうと考えました。

 その頃の私は、父親の死を体験したばかりということもあって混乱していたんですね。育児ノイローゼだったし、摂食障害だし、うつ病で抗うつ剤を服用しているし、睡眠薬にも頼っていました。でも、そのインドでの体験で目覚めたというか、そこから心がすごく強くなってきて、乗り越えていけるようになったと思います。

――ヨーガの世界は広いし、さまざまな系譜もある。それが一般の人にはちょっと分かりにくいかもしれません。

千葉 確かに分かりにくい。でも、インドのヨーガは、いわゆるホットヨーガみたいに汗をかいて脂肪を燃焼して外側だけを磨くような、トレーニングとかエクササイズというものではないんです。瞑想(メディテーション)、呼吸法(ブリージング)が最も重要な要素になります。

 インドでの経験を通して、私は、デジタルでは表現できないものがあると思いました。それまでは、ITの最先端でいろいろなことをしてきて、どんなこともできると思っていた。でもヨーガに出会って、それは違うと思ったんです。ヨーガは、「手と手が触れ合って温かいね」というような、究極のアナログの世界。人を癒すことがしたいな、と強く思うようになりました。

――高城剛さんも書いていましたが、スティーブ・ジョブズがパソコンに目覚めたのは、インドをさまよっていたり、ヨーガをやったりしていたとき、日本の導師の人が情報とかデジタルに対する考え方の目を開いてくれたことがきっかけだった。その考えを実現するには何がいいだろうと思ったら、コンピュータが一番近かったと。デジタルとかアナログとかの話ではなくて、もともと人間がどう生きてきたか、何をやりたいかということの基本は変わらないんですね。

千葉 そうそう。結局は魂とかハート、マインドが大切なんです。コンピュータはツールとしては使いますけどね。そんなふうに切り替えてからだいぶ楽になりました。今は、自分が好きな仕事をとことんしていくという感じになっています。

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