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『哀しき獣』が見つめる現実は、決して日本映画の代替にはならない

松谷創一郎

松谷創一郎 ライター、リサーチャー

 派手なアクションや過激な暴力描写を盛り込んだ韓国映画は、昨今日本でも高く評価されている。2011年であれば『悪魔を見た』や『アジョシ』、『ビー・デビル』などがそうだ。実際、そのレベルはとても高い。いまや、韓国映画はハリウッドに次ぐクオリティだと言っても、まったく言い過ぎではない。それらと同様に、デビュー作『チェイサー』が全世界で絶賛されたナ・ホンジン監督の新作『哀しき獣』も、韓国映画史に残る作品となるだろう。

拡大ナ・ホンジン監督

 そうした韓国映画が日本で評価される際、頻繁に見られるのが日本映画との比較だ。曰く「日本映画のように生ぬるくない」「日本映画と違ってリアリティがある」等々。優れたアクション映画があまり創られない日本で、そうした気持ちを抱くのはわからなくもない。しかし、そうした物言いに強い違和感も感じることも多い。なぜなら、日本映画の足りない部分を韓国映画で埋め合わせるかのようなニュアンスが、しばしばそこに含まれているからだ。

 日本と韓国は、文化や言語は似たところはあるが、社会状況や国際関係は大きく異なる。昨今はK-POPや韓流ドラマで明るいイメージも強いが、当然のことながら明るいことばかりではない。とくに1997年のIMF危機とそれにともなう財閥解体、そして新自由主義経済への方向転換は、韓国社会を大きく変えた。経済格差は日本とは比較にならないほど拡大し、競争はより激化した。結果、自殺率はOECD加盟34カ国中最悪の数字となり、凶悪犯罪も増加した。

 さらに、北朝鮮との緊張関係を常に抱えており、近年も軍艦沈没事件やヨンピョン島砲撃事件など軍事衝突が相次いでいる。そうした背景を持つ韓国映画に対し、安穏と日本映画の代替的役割を見出すのは、作品を観誤る可能性を導く。

 『哀しき獣』も、韓国独自の社会背景をベースとしている。主人公の男は韓国人ではなく、中国の朝鮮族だ。物語も中国の北東・延辺朝鮮族自治州から始まる。東はロシア、南は北朝鮮に接するこの地域に住む約80万人の朝鮮族は、延辺の人口の40%にも満たない。朝鮮族自治州とはいえ、朝鮮族はマイノリティなのだ。

 主人公・グナム(ハ・ジョンウ)は、多額の借金を背負い、妻は韓国に出稼ぎに行ったまま音信不通の状態だ。ひとり娘も母親に預けている。そんな彼に、犬商人のミョン(キム・ユンソク)が、借金の帳消しを条件に韓国である人物の殺害を依頼する。悩みながらも引き受けたグナムは、船に乗って黄海から韓国に密入国し、殺害ターゲットを調査するのと同時に、妻の行方も探す。

 このミッションの行方を描く物語かと思いきや、そこから話は二転三転する。

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筆者

松谷創一郎

松谷創一郎(まつたに・そういちろう) ライター、リサーチャー

ライター、リサーチャー。1974年生まれ。商業誌から社会学論文、企業PR誌まで幅広く執筆し、国内外各種企業のマーケティングリサーチも手がける。得意分野は、映画やマンガ、ファッションなどカルチャー全般、流行や社会現象分析、社会調査、映画やマンガ、テレビなどコンテンツビジネス業界について。著書に『SMAPはなぜ解散したのか』(SB新書)、『ギャルと不思議ちゃん論――女の子たちの三十年戦争』(原書房)。共著 に『どこか〈問題化〉される若者たち』(羽淵一代編、恒星社厚生閣)、『文化社会学の視座――のめりこむメディア文化とそこにある日常の文化』(南田勝也、辻泉編、ミネルヴァ書房)等。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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