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オセロの中島知子さん事件、彼女の好きにさせてあげれば?

青木るえか エッセイスト

 オセロ中島さんはたいへんだ。

 世間が狭いのでこの事件(と言っちゃっていいんだろうか)についての言説は、テレビのワイドショーと2ちゃんねる既婚女性板のスレッドだけしかわからない。ナサケナイ。その狭い世界の中で、この話題は相当に盛り上がっている。

 この手の事件があるたびに私が思い出すのが千石イエスさんである。

 最初に千石さんのことを知ったのが、確か『婦人公論』に載った手記で「千石イエスよ娘を返せ」とかいうタイトル。当時の(30年以上前だ)『婦人公論』って、今もそうだけれどさらにもっとおどろおどろしくて、ザラ紙に印刷された「千石イエス」という名前がものすごく怖ろしかった。さらに、千石イエスとその仲間が「包丁研ぎ」をしてまわっていて、そこで娘たちがさらわれてしまう、というあたりが怖さに拍車をかけた。

 この怖ろしさは多くの人を刺激したか、千石さんは時の人となり大騒動になり、ワイドショーとかでも「千石出てこい!」の大合唱。そして結末は「みんな自分の意志で千石さんとこに行ってた」。確か福岡の中洲だか天神だかでクラブ『シオンの娘』(うろ覚えなのですが)を経営してみんなでそこで働いていました。みんなけっこう幸せでした。千石さんは「おっちゃん」と呼ばれて慕われていました。

拡大狭心症で入院していた病院から別の病院に移送される千石イエスさん=1980年5月18日、静岡県熱海市

 この事件は私に大いに影響を与えた。

 最初はワイドショーと一緒になって千石イエスをすごく怖ろしいと思ってたが、それは「人は、思いっきり憎んだり批判したりできる対象が大好き」というのに乗っちゃっていただけだということと、千石イエスという人が飄々としたおっちゃんで、何か集団の中で問題が起きると心臓発作を起こして「う~~ん」と倒れてしまい、諍いだの問題だのはそっちに気を取られて霧消してしまうという話。

 後者のほうはオセロ中島さんの話とはあんまり関係ないが、前者のほうは影響が大きい。

 そもそもオウム事件の時も、この千石のおっちゃん問題が頭の隅にあったし、世間があまりにオウム恐ろしオウム憎しに凝り固まってるのが気持ち悪くて、「拉致現場にプルシャ落っことしていくとか、さすがにそこまでマヌケじゃないだろう。サリンのことだって、河野さんを犯人扱いしたテツをまた踏むか」と考え、公言もし、オウム無罪説をずっと堅持していたのだった。

 今から思うと「根拠もなしに犯人扱いダメ」と「犯人ではない」ということがイコールになってる時点でオカシイのだが、とにかくあの時の世間の風潮に逆らうべきだと思ったもんで……。

 だから「ホントにオウムがやってた」とわかった時は「私がこんなに信用してやったというのに! なんたる裏切り行為!」という、他の方とは少しずれた怒りに襲われたものです。

 それで懲りたかというと懲りてない。オセロ中島さんの話を聞いて最初に思ったのが、

 「好きなようにさせてあげては」

 だったわけですから。

 家賃を踏み倒しているのはまずいので、それを払うなり、払えなかったら自己破産するなりして、とにかく借りは精算する。その後はその女占い師の人と一緒に暮らしたいのであれば暮らせばいい。

 ……と、思っちゃうわけですよ。

 この話題がワイドショーを賑わすようになって最初に思ったことは、マンションの部屋の家主が本木雅弘夫妻で、スポークスマンみたいに樹木希林が出てくる違和感であった。なんというか、本木夫婦は樹木希林に強力に守られてるような感じがうすうすしてたのが、今回はっきりと発表されたというか。まあ、本木さんも、夜中に内田裕也に家を襲撃されたりなどの迷惑を蒙っているので、樹木希林も「私が守ってやらねば」と思っているのかもしれない。

 しかしそれにしても、この問題における、樹木希林の出っぷりには ・・・ログインして読む
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筆者

青木るえか

青木るえか(あおき・るえか) エッセイスト

1962年、東京生まれ東京育ち。エッセイスト。女子美術大学卒業。25歳から2年に1回引っ越しをする人生となる。現在は福岡在住。広島で出会ったホルモン天ぷらに耽溺中。とくに血肝のファン。著書に『定年がやってくる――妻の本音と夫の心得』(ちくま新書)、『主婦でスミマセン』(角川文庫)、『猫の品格』(文春新書)、『OSKを見にいけ!』(青弓社)など。

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