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【ポスト・デジタル革命の才人たち】 松本弦人さんインタビュー:電子書籍サービス「BCCKS」(ブックス)で、何に挑戦しているんですか?(中)―― 同人誌的な質

聞き手=服部桂(朝日新聞社ジャーナリスト学校シニア研究員)

――「BCCKS」(編集部注 「ダ・ヴィンチ」の「電子書籍アワード2012」で特別賞を受賞)は、私のような書籍編集の素人でも、このサービスに原稿を投げ込めば、ある程度、自分で簡単に本が作れてしまう。しかも、本だけでなく、色々な端末で読める。他の電子書籍サービスとはどこが違うのでしょうか。

松本 「出版レベルの本をつくれて売れる」総合力が大きく違うと思います。さまざまなデバイスで美しく読めるとか、紙の本もつくれるとか、きちんとした文字組みとか、販売できるとか、高い印税率とかは、すべてそれに内包されます。というか、それらがしっかり実現出来ていてはじめて「出版レベルの本をつくれて売れる」と言えるんですね。

 もうひとつ「紙を含むマルチデバイス」です。服部さんがつくった『マクルーハンはメッセージ』がそうであるように、一つのコンテンツデータが、紙の本でもiPadでもスマホでもPCでも閲覧できます。そして、単にそれぞれのサイズはメディアに変換しているのではなく、それぞれのメディア性に即した適切で美しいレイアウトに展開されます。

BCCKで作ったサンプル本

 BCCKSの文字組みは「岩波組み」(文庫の代表的な文字組み)を目標に、HTMLとは思えない文字組みと禁則処理を実現しています。電子書籍としてはやりすぎという声も聞きますが、印刷することを考えればこれでも最低限のレベルとも言えます。印刷出来る縦組みを実現している電子書籍サービスをBCCKS以外で見たことはありませんし、一般書店に流通できるクオリティーと製造コストのPOD(プリント・オンデマンド)本というのもBCCKSだけじゃないですかね。他にあったらゴメンナサイ。

 紙の本がなかったら、ここまで文字組みを詰めていなかったと思うんですね。でもそれがあったから今の文字組みが実現できている。そーいったバランスや関係の悪さやめんどくささから生まれるプロダクトって、狂っていていいですよね。なので、紙の本は「鬼っ子」だなあといつも思います。紙の本は物理的な「モノ」であり、目的と機能を持ったプロダクトデザインです。

 電子書籍というただのデータを物理的な紙の本にコンバートするためには克服しなければならないハードルは山ほどありました。物理的な判型があって、束(本の厚さ)があって、背があって、紙の種類があって、綴じ方があって、折の構造(印刷単位で通常は8や16の倍数)があって、ノド(ページを綴じた部分)があって、裁ち落とし(各ページの3方向に開放された部分)があって、それらがすべて完璧に処理されて、はじめて本になります。今あげた項目って、電子書籍にはひとつも存在しないんですよね。

 いろんな本が読めて買えるサービスはたくさんあります。読みやすい縦組みを実現しているサービスもあります。PDFやフラッシュでのPODサービスの本の質も向上してきています。一般ユーザーが自由につくれて出版できて高い印税率のサービスもあります。そうした中から「出版レベルの本をつくれて売れる」事に向かうサービスも出てくるかもしれません。

 でも、BCCKSはどこよりも早くから「出版レベルの本をつくれて売れる」を目標に開発を重ねて来ました。そして、それを高いレベルで、今、実現できています。もちろん今後の事なんて誰にもわかりませんが、この全体設計、蓄積、完成度は、そうやすやすとは実現できないと思っていますよ。高飛車でゴメンナサイね。

◆ブログが一冊の本になるまで◆

――そうした紙の出版の全ての工程を、紙やデジタルを含めた複数のメディアで総合的に展開できるプラットフォーム、しかも素人でも簡単に使えるのがBCCKSだということですね。

松本 そうなりますね。では、『釣り墓日誌』(連載(上)参照)ブログ版をイメージしてみましょう。釣りの出来事が記された日記形式のブログで、帰りに食ったラーメンの話や飲み屋のねーちゃん画像はアップされてない、タイトル通りの良質な釣りコンテンツです。今までに50エントリーほどアップされていて、大漁の日は大量の写真がアップされ、文章も滑舌よくいきいきと書かれています。ボウズの日は、たった8文字で終わってたりもします。著者のバマちゃんの「釣り理論」がぶちまけられているエントリーもいくつかあります。これをBCCKSにコンバートしてみました。コンバートするだけなら出版の知識は何もいりません。ボタン1つで終わります。それだけで最低限の本の体裁になっちゃいます。

 さて、『釣り墓日誌』BCCKS版を釣り仲間に見せるには釣り場にスマホを持って行けばいいわけです。iPadだと見やすくていいですがかさばりますね。ペーパー本ならちょっとした驚きで迎えられるかもですが、変な嫉妬で絡まれるかもだし、紙だから濡れるし、よくよく考えたら釣り場で本もないだろって事でやめておきました。

 そこで、釣り仲間で社長のヌーさんにBCCKSのURLを送ってみることにしました。ヌーさんは『釣り墓日誌』ブログ版には何度も登場しており、ブログの愛読者でもあります。『釣り墓日誌』BCCKS版を見てヌーさんは軽く驚きます。

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