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トッド・ブラウニングの隠れた傑作、『知られぬ人』

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 信じられないラインナップ! と思わず叫びたくなるのが、東京・渋谷のシネマヴェーラで開催中のサイレント映画特集だ3月30日まで)。

 今回は、全上映作品中おそらく最大の目玉であろう、トッド・ブラウニング『知られぬ人』を取り上げるが、怪奇幻想、狂恋、そして二転三転するプロットがすさまじい化学反応を起こしている必見作である。

 トーキー(発声映画)初期にユニヴァーサル・ホラー路線を確立した『魔人ドラキュラ』(1931)や、本物の異形の芸人を出演させた『怪物団(フリークス)』(1932)で知られるトッド・ブラウニング(1882-1962)は、恐怖や怪奇の演出に並はずれた能力を発揮した名匠である。

 じっさいブラウニングの映画を見ていると、彼がグロテスクなものにどれほど耽溺していたかが、まるで高圧電流のようにビリビリと伝わってくる(サーカスの芸人を経て映画界入りした彼は、サーカスや見世物小屋に渦巻くゲテモノ的面白さを肌身で知っていたに違いない)。

 そして、サイレント末期にMGMで製作された『知られぬ人』こそは、ブラウニングならではの怪奇趣味、ケレン味たっぷりの見世物性、歪(いびつ)なメロドラマ的愛憎劇が渾然一体となった彼の、文字どおり「知られざる」大傑作だ(以下ネタバレあり)。

<物語:マドリードで巡業中のサーカス団の芸人、“腕なし”アロンゾ(怪優ロン・チェイニー!)は、足だけを使って銃を撃ったりナイフを投げたりする異形の男だったが、彼はサーカスの花形で団長の娘・ナノン(ジョーン・クロフォード)に思いをよせている。ナノンは自分に触れようとする男の「腕」に対する嫌悪にとりつかれていて、男をいっさい拒んでいたが、“腕なし”のアロンゾにだけは友情を抱いていた。ところが実は、アロンゾには立派な両腕があった! 彼は助手の小人の力を借りて両手をうしろに組んでコルセットで縛り、“腕なし”に化けていたのだが、彼の左手にはなんと6本の指(2本親指!)が……。

 そしてある夜、自分を嫌っている団長に両腕があることを気づかれたアロンゾは、団長を絞殺してしまう。ナノンは父が殺される光景を馬車の窓から見てしまうが、犯人が“腕なし”アロンゾだとは思わない。が、父の首を絞めた男の左手の2本親指だけは、はっきりと目撃したのだった……。

 その後も物語は一瞬たりとも弛(ゆる)むことなく、さらなる急転回をみせる(こうしたプロットポイント/物語の転回点を矢継ぎ早やに仕掛け、ヤマ場を次から次へと見せていく作劇もみごとだ。要するに本作の物語は<化け方>が凄いのだが、ここでいう<化け>とは、何かが思いがけない変化を遂げること)。

――ナノンへの思いをつのらせるアロンゾは、彼女に拒絶されたくない一心で両腕を悪徳医師に切断させる(まさに狂気の愛!)。がしかし、ふとした偶然から“男の腕恐怖症”を克服したナノンは、アロンゾのサーカス仲間である美男で怪力のマラバー(ノーマン・ケリー)と恋仲になっていた。嫉妬に狂ったアロンゾは、やがて恐るべき行動に出る……>

 ともかく、こうしたエキセントリックな状況設定やドラマ展開は、にもかかわらず、有無をいわせぬ説得力で見る者に迫ってくる。ブラウニングの画(え)づくりの冴え、サイレント独特の会話字幕挿入を含む編集の呼吸の妙、そしてロン・チェイニー以下の役者が放つ強烈な存在感ゆえに、である。<星取り評:★★★★★>

<付記――映画マニア向けコラム>

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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