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【古典DVD傑作選(2)】 サイレント時代の傑作恐竜映画、『ロスト・ワールド』

藤崎康

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 『ロスト・ワールド』(1925、ハリー・O・ホイト)は、シャーロック・ホームズを生んだアーサー・コナン・ドイルの傑作冒険小説、「失われた世界」(1912)を原作にしたサイレント映画だが、この作品の最大の見どころは、ストップモーション・アニメーション(コマ撮り)による恐竜たちの超リアルな動きである。

 それにしても、当時の人々を熱狂させた恐竜たちの動きが、今見てもその迫真力を少しも失っていないのは、まったくもって驚きだ。本作に登場する、文字どおりアニメートされた(生命を吹き込まれた)古生物たちのリアルさを目にすると、こんにちCGが量産しつづけている、大音響のなかを前後左右上下に動き回り飛び回る怪獣たちの映像など、たちまち色あせてしまうほどだ(映画テクノロジーの進化<自由の幻想?>は、映画のクオリティを退化させたのではないか、とさえ思えてくる)。

<物語:癇癪(かんしゃく)持ちのチャレンジャー教授(ウォーレス・ビアリー)率いる探検隊が、南米アマゾン川流域の秘境“魔の台地”で絶滅したはずの恐竜を何種類も発見、大冒険の果てにブロントサウルス(現在の呼称はアパトサウルス)を捕獲してロンドンに帰還するも、その巨獣は檻から脱走、街を大パニックに陥れたのち、テムズ川から海へと泳ぎ去る……>

 さて、『ロスト・ワールド』製作におけるキーパーソンは、特撮史上最大のパイオニア、かのウィリス・オブライエンである。

 オブライエンが開発した、前述のストップモーション・アニメーション/コマ撮りとは、恐竜などの精巧な模型(ミニチュアモデル)を1コマごとに少しずつ動かして実写撮影する技法だ。1、2分のシーンを撮るのに何ヶ月も要する、まさにローテク時代の究極の手仕事だが、オブライエンは『ロストワールド』撮影に7年超(!)をかけたという。

 彼はまた、自らの開発した特殊効果技術の流出を恐れ、弟子を取らなかった。が、唯一の例外が『原子怪獣現わる』(1953)、『アルゴ探検隊の大冒険』(1958)、『恐竜グワンジ』(1969)などの特撮で腕をふるったレイ・ハリーハウゼンである。

 オブライエンが『ロスト・ワールド』以外に特撮を手がけた作品には、彼の最高傑作にして怪獣映画史上の金字塔である『キング・コング』(1933)ほか、『コングの復讐』(1933)、レイ・ハリーハウゼンが助手をつとめた『猿人ジョー・ヤング』(1949)などがある。

 では、『ロスト・ワールド』にはどんな恐竜が登場し、それらは具体的にどう描かれるのか。

 最初に登場するのは、頭にトサカのある不気味な空飛ぶ爬虫類、翼竜(プテラノドン)だ。そいつは大きなコウモリのようにスーッと空を舞ったかと思うと、すばやく急降下して小動物に襲いかかり、それをくわえて高台のてっぺんの巣に舞い戻るや、剣のように長く鋭いクチバシで獲物を刺し殺し、その肉を荒々しく食いちぎる(翼竜がクチバシをパクパク打ちあわせて獲物の肉片を呑みこんでいくところを、カメラはロングショットで、現実の光景の再現かと思わせるほど生々しく撮っている)。

 だが、オブライエンが最も腕によりをかけて造形したのは、あのT・レックス型の凶暴な肉食恐竜、いぼいぼのある巨大な頭部をもつアロサウルスだろう。カンガルーのように頑丈な後ろ足で立ち、鉤爪(かぎづめ)のある未発達の腕のような小さな前足を胸の前に構え、大蛇のような長い尻尾をくねらせながら、額から突き出た大きな角(つの)と首まわりに派手なフリルのあるスティラコサウルスや、かものはし竜の異名をもつトラコドンといった草食恐竜に敏捷に飛びかかり、その喉首や腹に食らいつくさまはひたすら恐ろしい(アロサウルスのぎざぎざの鋭い歯で噛みつかれた草食恐竜の皮膚から、重油のように黒光りする粘っこい血が流れ出す細部も凄い。もっとも、スティラコサウルスが小型のアロサウルスを巨体によって圧死させる場面などもあり、恐竜たちの闘いの描写にはじつに細心の工夫が凝らされている)。

 さらにアロサウルスが空中を飛ぶ翼竜をさっと鷲づかみにし、紙くずか何かのようにクシャクシャに握り潰してしてしまう驚くべきシーンがあるが、あれはいったいどうやって撮ったのか――。ちなみに、こうした恐竜の登場するいくつかのヤマ場は、前記『キング・コング』で、さらに大がかりな、またさらに特撮の精度を高めた驚愕すべき場面としてリメイクされている。

 そのほかにも、火山の爆発後、アロサウルスの群れが死んだ巨大草食恐竜の胴体に頭をねじ込むようにして肉をガツガツ食らうシーンや、アロサウルスと格闘中のブロントサウルスが断崖から墜落するシーンなど、迫力満点の見せ場が目白押しだ。

 墜落といえば、霧深い夜のロンドンを舞台にした秀逸な特撮シーンの終盤で、テムズ川にかかる吊り橋タワー・ブリッジを自らの重みで崩落させ、橋もろとも水中に落下するブロントサウルスのロングショットも忘れがたい(1920年代以降、<高所からの墜落>は、特撮怪獣映画だけでなく、キートンやロイドのスラップスティック・コメディや山岳映画、あるいはヒッチコック作品などの見せ場として、しばしば映像化されることになる)。

 なお、東京・渋谷のシネマヴェーラで3月26日、28日に上映された本作は、アイ・ヴィー・シーよりDVDが発売中。<星取り評:★★★★★>

<付記――コナン・ドイルの原作その他についてのコラム>

 今年は、コナン・ドイルの「失われた世界」が書かれてから100年目の年である。

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

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