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【ミシュランの知らない東京グルメ(1)】 スペイン・バルの謎

古賀太 日本大学芸術学部映画学科教授(映画史、映像/アートマネジメント)

 2007年末に『ミシュランガイド 東京』が出た時は、とにかく大騒ぎだった。選ぶ店がおかしい、フランス人にはわからない、フランスの基準より甘い、星なしの店がないのはどうか、なぜ写真付きか、云々。あれから4年余りたってみると、セレクションは落ち着いてきたし、明らかになってきたのは、欧米と日本(及びたぶんアジア全般)における外食文化の持つ意味の違いではないかと思う。

 国末憲人著『ミシュラン 三つ星と世界戦略』(新潮選書)は、題名のわりにはおとなしい内容だったが、納得のいく指摘も多い。「欧州の高級レストランはそのスタイルや発想の起源をフランス革命前の宮廷に求めることができる。革命が起きて美食は庶民に広がったが、その場所であるレストランには貴族的、非日常的な側面が強く残った。その点、日本をはじめとするアジア各国では外食文化が庶民のものとして発達してきた」。

 考えてみたら、江戸前すしだって元は屋台だ。庶民が気軽に屋台で食べる文化に星を付けられてもなあ、というところ。日本には安くておいしい店が無限にある。和食も豊富だが、世界各地の外国料理の店もある。その国際性で匹敵するのはパリくらいだろう。

 しかしパリだとおいしい外国料理の店はその国の人がシェフをやっているが、東京の場合はおおむね日本人だ。当然ながら「日本化」している部分もある。このシリーズではそういった背景を考えながら、いくつかの素朴な「謎」に迫ってみたい。当方は、料理は全くの素人で、もちろんすべて自腹。実際に行った店名を挙げながら進めたい。

 まず気になったのは、「スペイン・バル」の隆盛ぶり。ここ10年くらいどんどん増えてきた。私の住む神楽坂では「エル・カミーノ」が先輩格だったが、そこは「コメドール」という、よりレストランらしい店を同じビルにオープンさせた。その100メートルくらい先の本多横丁に、「エル・プルポ」という店ができたと思ったら、同じ並びに「ラ クッチャラ」もできた。その2つに囲まれたミシュラン1つ星のフランス料理「ルグドゥノム」より、明らかに繁盛している。

拡大東京・神楽坂の「エル・プルポ」とその左奥の「ルグドゥノム」=筆者撮影

 そのほかにも、「ラ・クエスタ」や「バルマコ」など付近にいくらでもある。「エル・プルポ」は海産物が中心だが、最近は「アサドール・エル・ブエイ」という肉料理専門の系列店まで近くにオープンした。もちろんすべてが日本人シェフだ。

 スペインに何度か行ったが、こんなタイプの店はなかった。「バル」にも行ったが、大半はたいした食べ物はない。マドリッドやバルセロナのような都会だといいものを食べさせる高級なバルもあるが、みんな立ち食いだ。知らない人にも話しかけるので、日本人なんか行ったら、大騒ぎになる。

 日本にも最近は立ち飲み屋が増えたが、「スペイン・バル」はあくまで椅子に座る。そしてしっかり食べるものが出る。そのうえそれなりに高い。私の好きな「エル・プルポ」は、名物の「ウニのプリン」(これはスペインにあるのだろうか)に始まって、6つくらいつまみを取って、最後にイカ墨のアロース(リゾットに近い)で締めて、ワインを5杯くらい飲むと一人5000円を超えてしまう。スペインなら高級店の値段だ。

 それにしてもいつも満員だ。たぶん、日本の居酒屋に似た「つまみ感覚」がいいのだろう。日本人にとって西洋料理と言えば、まずフランス料理があった。これは濃いソースを使う肉料理の重い料理が基本だ。一皿で「ドーダ!」((c)鹿島茂)という感じ。

 これに1980年代のバブル期から、イタリア料理が加わった。こちらはオリーヴ油やトマトやハーブをふんだんに使ったヘルシーな感じが受けた。前菜と肉の間にパスタやリゾットがあるのも、ご飯や麺類が好きな日本人にはいい。今でもイタリア料理店は増え続けている。

 そして今世紀になって来たのが、スペイン・バル。これはさらに小鉢料理で、つまみ感覚だ。パエリアやアロースのようなコメ料理で最後を締めれば、日本的には完璧だ。

 在日18年で「ラテンビート映画祭」を毎年主宰しているスペイン人、アルベルト・カレロ・ルゴさんに聞いてみた。「日本のスペイン・バルはおいしいが、確かにスペインのものとは違う。バルは交流の場所なのに、日本では知り合いと閉じ籠もる感じ。日本で流行ったのは、90年代から「エル・ブリ」のアドリア・フェランを始めとして、スペイン料理で世界的なシェフが何人も現れたからではないか」。

 最近公開された映画『エル・ブリの秘密』を見ると、それこそつまみのような小さな皿が30種類も出てくる。もちろんその一つ一つが、素材もわからないほど手が加えられていて、すべての皿に驚きがあるのが「エル・ブリ」の特徴だが、小さな皿をいくつも出す形は、フランスのヌーヴェル・キュイジーヌから来たものだろう。もちろんそれは日本料理に影響を受けたものだが、それが再び日本のスペイン・バルに引き継がれている。「エル・ブリ」は2011年の7月に閉店したが、その影響は今後も続くだろう。

 日本のスペイン・バルは、日本の食材を吟味して、ニンニクやトマト、オリーヴ・オイルなどのスペイン風の味付けを加え、安くておいしい日本の居酒屋に近づいている。スペインの通常のバル以上に手が込んでいるから、はやるはずだ。

 アルベルトさんに日本でオススメのスペイン料理店を聞いてみた。 ・・・ログインして読む
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筆者

古賀太

古賀太(こが・ふとし) 日本大学芸術学部映画学科教授(映画史、映像/アートマネジメント)

1961年生まれ。国際交流基金勤務後、朝日新聞社の文化事業部企画委員や文化部記者を経て、2009年より日本大学芸術学部映画学科教授。専門は映画史と映画ビジネス。訳書に『魔術師メリエス――映画の世紀を開いたわが祖父の生涯』(マドレーヌ・マルテット=メリエス著、フィルムアート社)、共著に『日本映画史叢書15 日本映画の誕生』(岩本憲児編、森話社)など。個人ブログ「そして、人生も映画も続く」をほぼ毎日更新中。http://images2.cocolog-nifty.com/

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