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傑作「カーネーション」を遇するには、各賞を贈呈するほかない

大西若人 朝日新聞編集委員(美術)

 終わってしまったドラマのことをあれこれ書いても仕方がないのは分かっている。でも、とにかく最後の最後まで、驚かされた「カーネーション」については、再度書いておきたい。

 最終回で描かれる場面が現代に追いつき、ドラマのなかで「カーネーション」の初回放送が流れたのは、実はそれほど驚かなかった。聞くところによると、あの「おはなはん」では、最終回におはなはん自身が「おはなはん」を見ていたそうだから。

 それよりも驚いたのは、最終回の前日にヒロインが死んでしまったことだ。しかも、その死は、長女から3女への電話によって告げられる。思えば、劇中これほど多くの人が亡くなりながら、紋切り型の死の瞬間はことごとく退けられていた。この意地の張り方はすごい。

 もちろん、ヒロイン像がどこまでも闘争的なのにも驚いたし、不倫が半ば肯定的に描かれたのにも驚くしかなかった。勘助の戦争責任を巡る描写も、これまでにないものだろう。些細なところでは、出産を控えたヒロインが神戸の祖父母の家で静養中に、清澄なクラシック音楽を聴いているシーン。彼女は、しみじみとした顔で語る。「あーっ、静かやなあ」「あーっ、平和やなあ」が予想されるところで、なんと「あーっ、ヒマや」と言ってのけたのだ。どこまで仕事好き、闘争的なのか。こういう予想を裏切る驚きのせりふは枚挙にいとまがない。

 そのなかで世間を最も驚かせたのは、ヒロインの交代だろう。しかも、尾野真千子にかわり、72歳からの小原糸子を演じた夏木マリの評判が芳しくなかった。同じ般若系の顔だちながら、どこかに関西的な(?)「抜けた感じ」があった尾野に比べ、ひきしまっていて、知性とそれがゆえのある種の計算を感じさせてしまう夏木は、アホになり切るのが難しかったのだろう。もちろん、岸和田弁もかなり苦しい。

 私も、夏木が話しているせりふを頭のなかで尾野に語らせて、「やっぱり違う」と何度思ったことか。

 NHKは当初から交代の予定だったというが、どうにも唐突で、糸子が別人になったためか、ほっしゃん。演じる北村はじめ、糸子と同世代の人物たちも、全員鬼籍に入ってしまった。その強引とも思える設定に、何か事情があったのか、と邪推もしたくなった。

 しかし、あるとき、夏木演じる糸子の立ち姿を見て、この交代にも一定の「理」があると思えてきた。

 放送開始後1カ月ぐらいに、私は生意気にも「このドラマは、小原糸子という女性の身体からほとばしる闘争と情熱と哲学の物語なのだ。だから、今日も糸子は、畳のうえで大きな体をばたつかせて悔しがっている」と書いた(「朝ドラの王道からはずれた『カーネーション』にはまってしまった」WEBRONZA、2011年11月24日)。尾野も、40代ぐらいまではうまく老けていたし、特殊メークをすれば、80歳の顔になったかもしれない。しかし、80歳の身体は、そう簡単に演じられるものではないだろう。

 対して、実物の夏木はきっとはつらつとしているのだろうが、やはりリアルに年を重ねてきた身体を持っているのだ。

 今思えば、このドラマは、老いること、老いて次に道を譲ること、が一つのテーマになっていたと思う。十朱幸代と宝田明の神戸の祖父母の衰えに始まり、祖母の庄司照枝の髪の毛がしだいにぺちゃんこになってゆくことも、母の麻生祐美がぼけてゆくことも、そうだ。早世した父親の小林薫だけが記憶のなかで、いつも、ちょっと若々しい。

 同じ時間の定めを糸子が引き受けるには、それ相応の老いた身体が必要だったのではないか、とも思うのだ。最終回間近、自宅の2階を改装する直前、若き日の尾野が手足をばたつかせていた畳の上で、90代を演じる夏木がしみじみと身をよこたわらせる。それによって、70年の時間がいっきに描き出されていたと思う。

 江波杏子という身体を得た奈津との再会も、感動というほかなかった。

 もちろん、夏木になってからが、やや長すぎたきらいはある。前述の通り、あまりに登場人物が入れ替わってしまったために、別のドラマを見せられているようにも感じた。エピローグとして最後の2週ぐらいにしておけば、「老い」の演出も、もっと効果的だったかもしれない。3月3日の尾野糸子の最後の回が、あまりに最終回的だったこともあるだろう。それにしても、夏木糸子になって以後、回想シーンでも尾野をほとんど出さなかったことにも、大きな驚きであり、制作側の強い意地を感じた。

 まあとにかく、そんなことを差し引いても、「カーネーション」は画期的であり、傑作だったと思う。

 傑作を傑作として遇するには、賞を贈呈するほかない。映画賞によくある、作品、脚本、俳優といった各賞を、カーネーションだけに差し上げる、というアホな発想はいかがだろうか。これが案外、楽しい。 ・・・ログインして読む
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筆者

大西若人

大西若人(おおにし・わかと) 朝日新聞編集委員(美術)

朝日新聞編集委員。1962年、京都生まれ。東京大学工学部都市工学科卒、同修士課程を中退し、1987年に朝日新聞社入社。東京本社、大阪本社、西部本社の文化部などで、主に美術や建築について取材・執筆。同部次長などを経て、2010年より現職。『大地の芸術祭――越後妻有アートトリエンナーレ2000』(現代企画室)、『リファイン建築へ――建たない時代の建築再利用術 青木茂の全仕事』(建築資料研究社)、『文藝別冊<永久保存版>荒木経惟』(河出書房新社)などに寄稿。

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