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スカイツリー、あるいはやさしい草食怪獣

鈴木繁 朝日新聞編集委員(文化)

 塔は、虚勢だ。

 空に向かって立つまぼろしのおちんちんであり、天との交信を許されている特権者のしるしなのである。

 塔はバカだ。

 中はからっぽ。実がない、それなのにやたら挑発してくる。昔のヤンキーの、ぎりぎりまでピンピンに伸ばしたリーゼント。 

 バカで、虚勢しかない塔は、何も持っていないからこそ、現実にはありもしないオス性の神話を振りまいた。19世紀にできた浅草十二階・凌雲閣の下や、20世紀初頭に建った初代通天閣の根方が、私娼を集めた悪場所になったのは、塔が持っている、この不実で、不毛な、それだからこそ純粋なオス性の神話のせいだ。確かめたわけじゃないけど、バベルの塔だって、麓にはいかがわしいものが立ちこめていたはずである。

 逆から言うと、それだから、塔は現代性の象徴にはなりえない。スーパーフラットなこの世界に、そんな突出した純粋な虚勢やバカは許されない。塔とは本質的に前近代の遺物なのだ。

 そこをよくわきまえていたのが1956年に完成した2代目通天閣。あのコは新品の時から、前近代の遺物だった。

 東京タワーの設計者でもあった内藤多仲は2代目に、凱旋門の上にエッフェル塔を載せた形の先代通天閣とはまるで似ていない攻撃的なフォルムを与えた。特に目立つのは、塔の首周りの、何の機能も果たさない出っ張りだ。

 荒くれ者が首に巻くネックベルトの鋲のようなあのトンガリは、飛田-釜ケ崎-新世界という「ど・ミナミ」三角地帯の盟主通天閣にふさわしい。いかにも肉食な感じは、日本で一番前近代的な、いや、あえて近世的な味わいをもってよしとすると申しましょうか、恐ろしくも魅力的な現世の異界へと見る者をいざなう。

拡大夜の通天閣

 通天閣のあのフォルムは、他のどこにもない魂のデルタ地帯の入り口を示す看板として、独特の情念を突っ張り通す精神のトーラス構造の要として、設計者が敢えて選んだものだったにちがいない。

 その証拠に、内藤は2年後に完成した東京タワーに、パリのエッフェル塔を容易に想像させる末広がりの、女性的ともいえるフォルムを与えている。通天閣の3倍以上の高さを出すために、あの形は構造上の必然だったのかもしれないが、通天閣のトンガリのような異物はくっついていない。エッフェル塔は元々通天閣がマネたものだったのに。

 そうね、言っちゃえば東京タワーは塔ではない。あれは電波発信装置。実用的な機能を備えたことで、すでに塔ならではの前近代性を喪失している。東京タワーが塔なのは、太古の脳を持つ怪獣にとってだけだ。神谷町あたりには、いかがわしい雰囲気は立ちこめていない。

 新しいタワーは古びるのも早かった。昭和も40年代に入ってしまうと、東京タワーは古くさい鉄骨の構造物になっていった。近年の東京タワーの人気は、先進的な有用性というものが希望を与えたニッポンの高度成長期そのものが、すでにノスタルジックになっていることを示している。

 開業を目前に控えた、東京スカイツリーはどうなるんだろう。 ・・・ログインして読む
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筆者

鈴木繁

鈴木繁(すずき・しげる) 朝日新聞編集委員(文化)

1957年生まれ。1983年、朝日新聞社入社。1987年から学芸部員となり、家庭、文化、娯楽、読書面などを歴任。2004~07年、文化部長。「AERA」シニアライター、オピニオン編集グループ記者などを経て、2011年4月から編集委員。担当は読書と文化一般。著書に『時代はへらふにゃ三白眼――朝日新聞〈さんでーすぽっと〉Vintage’90-’87』(第三書館)、編著に『漫画鏡 平成コミックワールド探検』(河出書房新社)。共著に『会社のフシギ――肩こり女は今日もお仕事!』(朝日新聞社くらしスタイル班/編、中央公論社)。2016年11月、死去。

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