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クロード・シャブロルの遺作『刑事ベラミー』公開によせて(下)――ジョルジュ・シムノン、コナン・ドイルの小説とシャブロル映画をめぐる覚書 

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 ジョルジュ・シムノンが造形したメグレ警視については、榊原晃三氏の要を得た解説があるので、その一部を引く――「(……)メグレ[は]犯罪そのもの――ひいては謎解きに興味を持つより、犯人やその周囲の人間たちに興味を持つ(……)。メグレは(……)証拠物件や指紋などは大して重要視しない(……)。メグレにとって[真相解明の]手がかりとなるのは、事件や事件関係者たちが残す日常生活の微妙な波立ちや、目に見えない雰囲気や、[他人が]気づかないほど些細な言葉や身ぶりである。だから、往々にして、メグレは犯人にある意味では共感をおぼえることもある(……)」(ジョルジュ・シムノン『メグレの途中下車』<河出書房新社、榊原晃三訳、1976、訳者あとがき、270頁)。

 まさにベラミー警視の人物像の一面を的確に言いあてていると同時に、『刑事ベラミー』という映画の作風を簡潔に要約しているような文章である。

 ベラミーも妻に向かって、ルレという人間に興味を持った、と言うシーンがあるが、それこそがルレの事件にベラミーが深く関わっていくきっかけになるのだ。

 そういえば、コナン・ドイルのシャーロック・ホームズ譚などとはちがい、本作ではベラミーの妻が、夫の相談役になったり告白の聞き手になったりして、家庭生活がていねいに描かれるところも、メグレ物からの着想かもしれない(妻の入浴シーンが艶っぽく描かれたり、ベラミーが妻と義弟との仲を疑ったりするディテールもある。もっとも彼女は、ホームズ譚におけるワトソン医師に近い役どころだとも言えようが、しかしベラミーはメグレ同様、ホームズのような天才的な推理機械ではないし、彼の妻が彼よりも聡明さを発揮する場面もある)。

 とはいえ、シムノンは当然ながら、性善説を掲げる「ヒューマンな」作家などではない。ときにその観察眼は読者をたじろがせるほど辛辣だ。

 たとえば、

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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