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 いくら何でも多すぎるのではないか。「○○美術館展」のことだ。

 この春から夏にかけて、都内では外国の美術館から所蔵品を借りてくる美術展が目白押しだ。「北京故宮博物院展」が終わった東京国立博物館では「ボストン美術館展」が6月20日まで開催中だし、国立新美術館では7月16日まで「大エルミタージュ美術館展」。1月末まで「プラド美術館展」をやっていた国立西洋美術館では、「ベルリン国立美術館展」が6月13日から9月17日まで。さらに改装を終えた東京都美術館では「マウリッツハイス美術館展」が6月30日から9月17日まで、森アーツセンターでは「大英博物館古代エジプト展」が7月7日から9月17日まで。世界各地から借りたまともな展覧会は、東京国立近代美術館で5月6日までの「ジャクソン・ポロック展」くらいだ。

 世界中の美術館の作品が日本で見られていいじゃないか、と思う人も多いだろう。それはちょっと違う。それを説明したい。あらかじめ断っておくと、筆者はかつて新聞社で10年以上そのような美術展の企画に携わっていた。だからこそ仕組みも構造もすべてわかる。そんな私が見ても、最近は「○○美術館展」が多すぎる。

 「○○美術館展」は、すべて新聞社やテレビ局などマスコミが関わっている。「故宮」「ボストン」「マウリッツハイス」「大英博物館」は朝日、「プラド」「ベルリン」は読売、「エルミタージュ」は日テレ。朝日は昔から「○○美術館展」ばかりやってきた。

 一言で言うと、マスコミは億単位の借料を海外の美術館に払い、作品を一括して借りる交渉をする。そして国立美術館を中心に、動員力のある美術館を探す。美術館は、入場者数が欲しいからそれを引き受ける。まるで貸し会場だ。

 マスコミは巨額な借料を回収するために、自社メディアで強力な宣伝をする。一日何千人もの入場者を集めないと赤字だから必死だ。従って「○○美術館展」はどこも込んでいる。そんなに人がいたら、作品はゆっくり見られない。マスコミは文化的貢献をしているという顔をしながら、まさに非文化的な状況を作り出している。豊かになるのは巨額の借料をせしめる海外の美術館ばかりだ。

 美術展は、本来ならそれぞれの美術館の学芸員が、自らのコンセプトに従って作品を集めるものだ。そこにマスコミが「○○美術館展」の企画を持ち込む。展示作品は海外の美術館が決め(目玉は1、2点のみ)、チラシやポスターを含む広報はマスコミが主導する。極端に言えば、学芸員の仕事は展示の際の立ち会いくらいだ。これでは美術展の質は下がり、学芸員はダメになる。

 最近、これほどまでに「○○美術館展」が増えた理由を、首都圏のある美術館長(学芸員出身)は、次のように語っていた。

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筆者

古賀太

古賀太(こが・ふとし) 日本大学芸術学部映画学科教授(映画史、映像/アートマネジメント)

1961年生まれ。国際交流基金勤務後、朝日新聞社の文化事業部企画委員や文化部記者を経て、2009年より日本大学芸術学部映画学科教授。専門は映画史と映画ビジネス。訳書に『魔術師メリエス――映画の世紀を開いたわが祖父の生涯』(マドレーヌ・マルテット=メリエス著、フィルムアート社)、共著に『日本映画史叢書15 日本映画の誕生』(岩本憲児編、森話社)など。個人ブログ「そして、人生も映画も続く」をほぼ毎日更新中。http://images2.cocolog-nifty.com/

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