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ハリウッドの主流に逆らう本格スパイ映画――『裏切りのサーカス』 

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 スウェーデン生まれのトーマス・アルフレッドソン監督『裏切りのサーカス』は、ていねいに作り込まれた、重厚きわまりない本格的スパイ映画だ(原作はスパイ小説の名手、ジョン・ル・カレの「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」<[新訳版]:ハヤカワ文庫>)。二重スパイをめぐる複雑に入り組んだ物語を、こんにちの主流映画の作法に逆らって、派手さを極力抑えた禁欲的な演出でじっくりと描いたアルフレッドソンの善戦ぶりを含めて、一見の価値はある作品だと思う。

<物語:1970年代前半の冷戦下、英国諜報部<サーカス>のリーダー、コントロール(ジョン・ハート)は、幹部の中に「腐ったリンゴ」、すなわちソ連の二重スパイ<もぐら>がいる、という情報をつかむ。が、コントロールは作戦失敗により失脚し、謎の死を遂げる。極秘に調査の続行を命じられたのは、かつてのコントロールの右腕、<サーカス>を引退した老スパイ、スマイリー(ゲイリー・オールドマン)。スマイリーはやがて、何人もの重要人物に接触する。 

 国内外に影響力をもち、一部では英雄視されている自信家のヘイドン(コリン・ファース)、時の権力者に追随して部内を巧みに泳ぎまわるエスタイス(デヴィッド・デンシング)、急進的な左翼思想の持ち主グランド(キアラン・ハインズ)、野心家の新リーダーで、<ウィッチクラフト情報=ソ連側の有益な情報>を掌握し権力を得たアレリン(トビー・ジョーンズ)ら、4人の<サーカス>幹部、そして、スカルプハンター(実働部隊)の面々、イスタンブール在住のソ連通商使節団員で、<もぐら>の情報と引き換えに西側への亡命を希望しているイリーナ(スヴェトラーナ・コドチェンコワ)、などなど……。果たしてスマイリーは、これら敵味方の区別もつかぬ人物の中から、<もぐら>を特定できるのか――>

 この映画のいちばんの見どころは、舞台背景のくすんだような色調の雰囲気描写と、諜報活動という闇の世界で暗躍するスパイらの、腹に一物(いちもつ)あるような、つねに気を抜けない感じを見るものに抱かせる風貌や言動だ。

 たとえば主舞台である、牡蠣(かき)色の曇天が覆いかぶさるロンドンの陰うつな街路や、薄い外光や照明が暗い影と混じりあうスモークの焚かれた室内で、一癖も二癖もある諜報員らが、たがいに相手を探るような、牽制するような言葉をかわす(冒頭のブダペストや中盤のイスタンブールでも、空は終始、薄曇りだ)。これぞ、ホンモノのスパイ映画、というムードである。

 とりわけ見事なのが、

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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