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【古典DVD傑作選(3)】 珠玉の戦争メロドラマ、エルンスト・ルビッチ『私の殺した男』<上> 絶妙な脚本設計、神業のようなカメラ

藤崎康

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 1892年ベルリン生まれのエルンスト・ルビッチ監督。サイレント期(1910~20年代)からトーキーへの移行期(1920年代末~30年代初頭)、そしてトーキー黄金期(1930~40年代)を通してコンスタントに活躍したドイツ、およびアメリカの名匠である。

 ルビッチが最も多く手がけたのは、ソフィストケイト(洗練)された恋愛喜劇や艶笑譚(えんしょうたん:セックス・コメディ)であり、そのウィットに富んだ軽妙洒脱な作風は「ルビッチ・タッチ」と呼ばれ、高く評価されている(ルビッチは1922年に渡米するが、ドイツ時代にすでにサイレントの傑作『花嫁人形』<1919>などを撮り、敗戦で沈滞していたドイツ映画界に活を入れ、名声を博した。遺作は『あのアーミン毛皮の貴婦人』<1948>)。

 次回やや詳しく述べるが、狭い意味での「ルビッチ・タッチ」とは、直接的な性表現を禁じていた当時の倫理コードを逆手にとって、たとえば閉じられた扉や、廊下に脱ぎすてられた靴によって室内での性行為を間接的・婉曲に示す洒落た暗示法、ないしは省略法のことだ。

 そして、もう少し広い意味での「ルビッチ・タッチ」には、暗示的セックス描写だけでなく、さまざまな喜怒哀楽、人情の機微などを、スマートかつ繊細に描くことも含まれる。

 今回とりあげる、シリアスな戦争メロドラマ『私の殺した男』(1931、約72分)にも、それははっきりと表れている(以下、ラスト以外のネタバレあり)。

<物語:第一次大戦における西部戦線の塹壕戦で、フランス軍の青年兵士ポール(フィリップ・ホームズ)は、ドイツの兵士を銃剣で突き刺す。その若いドイツ兵は息絶える直前に、故郷の許嫁に宛てた手紙に「ウォルター」と署名する。深い罪責感にとらわれ懊悩(おうのう)したポールは、自分の殺したウォルターの家族に許しを乞うため、彼の故郷であるドイツの小村を訪れる。

 村人たちは、戦勝国フランスへの憎しみから、最初はポールを敵視する。が、ウォルターの父であるホルダリアン医師(ライオネル・バリモア)は、寛容な心と反戦思想の持ち主で、妻と共に次第にポールに心を開いていく。ホルダリアン夫妻と同居しているウォルターの許嫁、エルザ(ナンシー・キャロル)も同様に、ポールと親しくなり、やがて二人は互いに心惹かれるようになる。

 しかし、こうしたシチュエーションは、エルザがウォルターの墓前にひざまづいて泣いているポールの姿を目撃したこと、そしてそれを知ったホルダリアンが、ポールが生前の息子の親友だったと思いこんだために生じたのであり、ポールはこの段階では、まだ誰にもウォルターを殺したことを告白できずにいるのだ(ここでサスペンスを生んでいるのは、ルビッチが最も得意とした<シチュエーション・コメディ>の作法が、彼としては異色といってよいシリアス・ドラマである本作に、見事に応用されているからだ)。ポールは果たして、肝心の事実をホルダリアン夫妻やエルザに告白できるのだろうか……>

 さて、観客はといえば、ポールの秘密(ウォルターを塹壕戦で殺したこと)を知っているからこそ、ポールに感情移入し、なおかつその秘密を知らずにポールと親密になるエルザにも、ホルダリアン夫妻にも感情移入できるのだ。絶妙な脚本設計である。

 そして当然ながら、その秘密のゆくえはいったいどうなるのか、

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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