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【映画で知る世界の現実(3)】 『ムサン日記』に見る脱北者の日常

古賀太 日本大学芸術学部映画学科教授(映画史、映像/アートマネジメント)

 もちろん脱北者の存在は知っていた。北朝鮮から逃げ出して、中国や韓国、日本に暮らす人々のことだ。しかし彼らの日常を見たのは、5月11日公開の映画『ムサン日記~白い犬』が初めてだった。

 主人公スンチョルは、脱北者収容施設から出たばかり。保安局の刑事が一人ついて、職探しなど、自立へ向けての世話をする。しかしスンチョルの身分証明書の番号は、北朝鮮出身者であることを示す125から始まるため、就職も容易ではない。見つかった仕事は非合法のポスター張りか、カラオケ屋のバイトくらい。脱北仲間のギュンチョルと安アパートに住む。

 スンチョルはほとんど話さないし、表情も変わらない。睨むように、ソウルの華やかさと悲惨さの両方を「見る」。彼の住むアパートは高層ビルに囲まれた建設予定地にあり、そこはあちこちに廃材やゴミが散らかった、まるで捨て去られたような空地だ。

 部屋は寒いので窓の枠に紙を詰め、ギョンチョルはそこに女を連れ込む。ポスター張りのバイト中にいじめられたり、ダウンを切られたり。バイトをするカラオケのある辺りは、ファミリーマートもマクドナルドもあって、日本と変わらない繁華街だ。カラオケのなかでスンチョルは、嫌な客を見る。スンチョルの視線の強さが、日本でもありそうな普通の現実を醜いものに見せる。

 全く似合わないオカッパ頭は、まるで見たくない現実から自分を守るヘルメットのようだ。同じ言葉を話すのに、まともな職業に就けない悔しさを、オカッパ頭で隠すように黙りこむ。カラオケでホステスを触ろうとする酔客を見て怒った時は、まるで普通の仕事をするかのように、ビール缶を入れた箱をひたすらその男の膝の上に積み続ける。その無言の抵抗は痛々しい。

 スンチョルの救いは、白い犬だ。道で拾った犬を仲間のギュンチョルに嫌がられながらも家に持ち込む。ずんぐりむっくりしたスンチョルが犬を抱いて歩く姿は、どこかコミカルだ。

 もう一つの救いは、

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筆者

古賀太

古賀太(こが・ふとし) 日本大学芸術学部映画学科教授(映画史、映像/アートマネジメント)

1961年生まれ。国際交流基金勤務後、朝日新聞社の文化事業部企画委員や文化部記者を経て、2009年より日本大学芸術学部映画学科教授。専門は映画史と映画ビジネス。訳書に『魔術師メリエス――映画の世紀を開いたわが祖父の生涯』(マドレーヌ・マルテット=メリエス著、フィルムアート社)、共著に『日本映画史叢書15 日本映画の誕生』(岩本憲児編、森話社)など。個人ブログ「そして、人生も映画も続く」をほぼ毎日更新中。http://images2.cocolog-nifty.com/

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