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政治の季節をサブカルチャーで相対化する韓国映画『サニー 永遠の仲間たち』

松谷創一郎 ライター、リサーチャー

 K-POPガールズグループ・T-araが2011年8月に発表した「Roly-Poly」は、70年代後半のディスコミュージックを模したノスタルジックなサウンドだった。衣装も原色が際立つ当時のファッションで、この曲は大ヒットした(日本版も2月に発表されたばかりだ)。10数分のショートムービー風プロモーションビデオでは、中年女性が自宅で青春時代の写真を発見するシーンから始まる(http://youtu.be/afwK0Mv0IsY)。それは、その3カ月前に発表されて大ヒットしていた映画『サニー 永遠の仲間たち』を想起させる内容だった。

 日本でも5月19日に公開されたばかりの『サニー』は、40代の女性が若き日の親友たちと自分を見つめなおす物語だ。『哀しき獣』や『アジョシ』のようなサスペンスやアクションとは異なり、ポップでノスタルジック、さらには泣かせてくる『サニー』は、韓国映画の勢いを違うかたちで感じさせてくれる。

 夫と高校生の娘と暮らす中年女性イム・ナミ(ユ・ホジュン)は、母親を見舞った病院で高校時代の同級生ハ・チュナ(ジン・ヒギョン)と再会する。病に冒されたチュナは余命2カ月と宣告されており、彼女の最後の願いとして高校時代のグループ“サニー”のメンバーを探し始める。

 現在と交互に25年前も描かれる。40代前半のナミやチュナが過ごした高校時代とは、1986年頃だ。ソウルの女子高に転校してきたナミ(シム・ウンギョン)は、チュナ(カン・ソラ)に気に入られて彼女たちのグループに入る。後に“サニー”と名付けられた7人グループは、他校グループとの抗争などをしながら楽しく学校生活を送っている──。

 まだ軍事政権下にあった86年の韓国とは、2年後のソウル・オリンピックを控え、民主化運動が吹き荒れる政治の季節だった。作中でも学生と機動隊が衝突する模様が描かれ、ナミの兄も政治ビラを配ったことで警察に追われる。

 こうした80年代に学生運動をし、90年代に30代だった60年代生まれを、韓国では「386世代」と呼ぶ(40代になったので、現在は486世代とも呼ばれる)。ナミの兄もこの世代だ。

 日本の全共闘世代のように、リベラルな思想を持つ彼らは、新しい韓国を写す鏡として時代を牽引してきた。386世代は、映画の世界にも大きな影響を与えている。たとえばこの世代に該当するのが、キム・ギドク(60年生まれ/『サマリア』)やカン・ジェギュ(62年生まれ/『シュリ』)、パク・チャヌク(63年生まれ/『JSA』)、ポン・ジュノ(69年生まれ/『殺人の追憶』)など、世界的にも知られた名監督たちだ。

 必ずしも学生運動に携わっていたわけではないが、彼らは社会への問題意識を反映させて映画を創り続けてきた。『シュリ』や『JSA』に見られる南北の融和と断絶、あるいは『殺人の追憶』や『母なる証明』に見られる当局への不信や格差社会への視線からは、彼らの強い政治意識が感じられる。

 しかし、『サニー』から見えてくるのは、386世代とは異なる映画作家の視点だ。2008年にコメディ映画『過速スキャンダル』で大ヒットデビューを飾ったカン・ヒョンチョル監督は、1974年生まれで今年38歳だ。この作品の登場人物よりも、5、6歳ほど下の世代だ。30代で90年代に大学に通った70年代生まれという点では、いわば「397世代」だ。彼にとっての80年代とは、小学校に入学し中学校を卒業するまでの時期にあたる。そんなカン監督は、前世代に対して強い批評性を帯びた作品を提示していたのだ。

 『サニー』の特徴は、韓国では“政治の季節”だった80年代をサブカルチャーによって相対化しようとした点にある。たとえば学生たちと機動隊が衝突するシーン、後ろに映るのは映画『ロッキー4/炎の友情』の看板だ。サニーのメンバー7人も、学生と機動隊に紛れながら他校の不良グループと取っ組み合いの大喧嘩をする。しかもこのときのBGMで流れるのは、JOYの「タッチ・バイ・タッチ」だ。

 これは、かなり意図的な歴史の読み直しだ。“政治の季節”と呼ばれた80年代が、彼女たちにとってはサブカルチャーにまみれた明るい青春期だったことを強調しているからだ。

 他にも多くのサブカルチャーが作中に描写される。

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