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【論壇女子部が行く!(3)】 佐藤信(上)―― 政治学は「人間学」

聞き手=論壇女子部

「論壇女子部が行く!」、第3回にインタビューさせていただいたのは、佐藤信さんです。鈴木茂三郎の評伝で河上肇賞奨励賞を受賞し、著書『60年代のリアル』(ミネルヴァ書房)が話題になった気鋭の政治学者は、なんと1988年生まれの24歳。何をもって政治学に向かっていらっしゃるのか、また現代の政治状況をどう見ていらっしゃるのか、同世代の視点からざっくばらんに伺いました。

■今までの政治学が見てこなかったものを見る

――最近、若い論客が注目されることが多いですが、佐藤さんは特にお若いですよね。早熟ですね。

佐藤 いえ、僕、早熟じゃないですよ。本当に早熟な方って、たくさんいらっしゃるじゃないですか。そういう方は、例えば小説とかで、もっと若くしてデビューしていますよね。僕より少し上の世代ですが、綿矢りささんとか。たぶん僕は早熟じゃなかったから、社会科学に興味を持ったんだと思います。もっと早く表現方法を身につけちゃうと、早く出ていこうとして小説を書いたりしたのかなと。やっぱり社会科学は経験や蓄積が必要な分野なので。

――何かしら書くことで表現していきたいという思いは、早い段階からあったということですか?

佐藤 全然ないです。無理だと思っていましたね。高校で作文を書く時間も、きれいな文章を書いて毎年コンクールに入選する友達がいたりして、そういう人のことを「すごい、かっこいい」と思いつつ、自分にはできないとあきらめていました。

――政治学に関心を持たれたのはいつ頃からですか?

佐藤 小学生の頃だったと思うんですけれど、もともとは国際政治に興味があったんです。なんとなく国際的なものに憧れるというミーハーな感覚でした。池上彰さんがNHKで『週刊こどもニュース』をされていて、例えばイスラエルとパレスチナの問題なんかは、子供心にもわかったような感覚があったんですね。もしかしたらそれが一つの契機にはなっていたかもしれないです。日本政治史をやることになったのは完全に「経路依存」で、御厨貴先生(現在、放送大学教授、東京大学先端科学技術研究センター客員教授)につかまってしまって今に至ります。

佐藤信(さとう・しん) 1988年、奈良県生まれ。2011年、東京大学法学部卒業。現在、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程に在籍。東京大学先端科学技術研究センター学内共同研究員。著書に、『鈴木茂三郎 1893-1970――統一日本社会党初代委員長の生涯』(藤原書店)、『60年代のリアル』(ミネルヴァ書房)。撮影=佐藤類

――御厨先生が、『権力の館を歩く』(毎日新聞社)の中で、佐藤さんを「ゼミから一本釣りした」とお書きになっていましたが、どういうところが響かれたんでしょう?

佐藤 それは僕にはわからないですけど、「なにか変なやつだと思った」とはおっしゃっていました。僕は大学入試で日本史を選択せずに、世界史と地理で受験したので、大学に入った時点では日本史の基礎知識が乏しかったんですね。普通、日本政治史を専攻している人は、高校で日本史を勉強しているので、常識的な前提にのっとって考える部分があると思うんです。

 でも、御厨先生は常軌を逸した思考を好まれる方なので、「普通に考えるとこうです」というペーパーを読んでも面白くないんでしょうね。僕はちょっと理系を触っていたり、建築に興味を持っていたりしたので、「この事象は実はこういうふうにも見ることができます」という発言をよくしていて、その部分を面白いと思ってくださったのでしょうか。

――2011年、河上肇賞奨励賞を受賞された論文をもとにした『鈴木茂三郎 1893―1970――統一日本社会党初代委員長の生涯』(藤原書店)でデビューされましたが、この論文はどういう経緯で書かれたんですか?

佐藤 鈴木茂三郎について書いたことで、社会党研究が専門だと思われることがあるのですが、全くそうではなくて、実はもともと宏池会について研究していたんです。自民党の保守本流の派閥ですね。あまり知られていない人物なのですが、宏池会の2代目会長である前尾繁三郎という人について調べていました。

 基本的に日本の政治学は、自民党の研究をするのが何よりのセオリーなんです。僕の指導教官である御厨貴先生や北岡伸一先生は自民党研究の大家なので、大学で勉強していて、自分としてもある程度自民党についてはわかったつもりになっていた。それがあるとき自民党以外の側面を見てみたら、全く違った見方ができて、非常におもしろいと思ったんですね。それで、僕の先生たちがつくってきた自民党研究という基盤に、社会党というよりも野党を組み合わせていくと、どんな政治の全体像が見えてくるかということをやりたいと思ったんです。 

――『鈴木茂三郎』では、人と人との関係性がとても緻密に描かれていて、そこに引き込まれたのですが、人間関係を重視して政治を見ていらっしゃるのでしょうか?

佐藤 そうですね。人間関係ということでいえば、2011年の秋に出した『60年代のリアル』(ミネルヴァ書房)で、資料が揃わなくて書けなかったことの一つに、「性」の問題がありました。たとえば、連合赤軍ではメンバーの間に実はいろいろな恋愛関係があって、それが事件に大きく影響したりしています。政界でも、夜、ある政治家に会おうとすると、クラブのママのところにいつもいるから、まずそこに行かなくてはいけない、というような話はいくらでもあります。

 こういうことはなかなか資料が揃わないし、私的なことなので扱いにくいですが。ただ政治において、そのような人間関係に規定されている部分があるのは確かです。2011年に大佛次郎論壇賞を受賞した服部龍二先生の『日中国交正常化』(中公新書)での、田中角栄と大平正芳の関係にしてもそうですよね。

 御厨先生が書かれた『権力の館を歩く』は、建築と政治の相関関係を捉えたものですが、僕も取材に同行して、かなりコミットさせていただきました。今までの政治学では、「その出来事がどこで行われたのか」ということは全く注目されてこなかったんですが、人と人との関係というのが建築物や「空間」から見えてくる部分もあります。本人は意識していないつもりでも、関係のいい人同士は近くの席に座っていたり。だから、政治家が回顧録に書いてない部分が実は重要かもしれません。そういうところまで読み取らないと、政治において本当のところ何がおこなわれていたのか、何が重要だったのか、理解できないのではないかと思っています。

――本書に出てくる「肌につく政治」というフレーズが印象的でした。それを引き受けることにはリスクも伴うと思うのですが、今の政治を取り巻く市民の状況を考えると、例えば政権交代のときも、「まぁ一回民主党にやらせてみよう」という軽いテンションだったと思うんです。どうしたらリスクも引き受けた上で、「肌につく政治」を市民が実践できるのでしょうか?

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