2012年05月30日
明るい話がほしいという深層心理かもしれない。相変わらず「電子書籍」がいろいろ取沙汰されている。将来を見越して社員にリーダーを1台ずつ配布した出版社もあらわれている。
すでに報道済みだが、産業革新機構からの150億円と、出版社、大日本・凸版印刷など15社からの出資で、「出版デジタル機構」が始動した。初年度は6万点の書籍のデジタル化を目標にしている。さらに、東北地方の雇用創出を目的とする経産省「コンテンツ緊急事業化」事業とも提携しているという。
デジタル化は時代の流れである。たしかに便利になる。場所もとらない。居ながらにして画面上で読むことができる。読者にとっては朗報である。反対する理由はまったくない。
だが、是非考えてほしいことがある。デジタル化や電子書籍の発売によって、現在の出版界を取り巻いている苦境が転換するか、という点である。デジタル化によって、出版社は利益を生み出せるのか。売り上げは増大するのか。また、電子書籍によって、読者層は拡大するのか、そのところの検証はどうもおぼつかない。
多くは電子書籍が商売になるとは思っていない。一連の動きは理解できても、要するに出版・流通界に利益(率直にいえば「儲かる」こと)が生じる見通しはまったく立っていない。だからこそ、出版の歴史では多分はじめての「官」からの出資という事態が生じたのではないか(このこと自体に意見・異見を聞かなかったことも驚きであった)。
便利だからといって読むものではない。面白くなくてはページを繰ることはない。興味をそそるものでなければ手にとらない。役にたたなければ貰っても有難迷惑。出版物はそういう種類のものである。他の商品とちがい汎用性がきわめて少ない。ある人には「座右の書」でも、ある人にとっては「ゴミ」なのである。
電子書籍の利便性は否定しない。いいことである。ところがその進行が出版界の置かれた状況を好転させるかといえば、そんなことはありえない。
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