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ミュージカル・ファン待望の日本初演「サンセット大通り」

小山内伸 評論家・専修大学教授(現代演劇・現代文学)

 ミュージカル・ファンが待ちわびた日本初演である。英国のアンドリュー・ロイド=ウェバーが作曲を手がけ、米ブロードウェーでもヒットしてトニー賞作品賞を受けたミュージカルはこれまで4本ある。このうち、「エビータ」「キャッツ」「オペラ座の怪人」は日本でも既に劇団四季が上演しているが、残る1本はずっと上演されていなかった。その「サンセット大通り」(1993年ロンドン初演)が6月16日、東京・赤坂ACTシアターで幕を開けた。

 原作は、ビリー・ワイルダー監督による名高い同名映画(1950年)。

 無声映画の時代に10代でデビューし、脚光を浴びたものの、トーキー化の波に置き去りにされ、今は忘れ去られた老女優が、なお銀幕への復帰を確信している。その妄執と、若き脚本家への横恋慕を重ね合わせ、現実との無残なズレを仮借なく描き出した名作で、この原作映画にほぼ忠実なかたちでミュージカル化してある。

 借金取りに追われた、売れない脚本家ジョー(田代万里生)は、時が止まったような大邸宅に迷い込み、往年の大女優ノーマ(安蘭けい)に出会う。彼女は、みずからが書いた脚本「サロメ」の手直しをジョーに依頼し、邸宅に住まわせる。

 ストーリーのエッセンスと人物の個性を一つひとつの歌に、それもドラマチックで重厚な歌に集約させたロイド=ウェバーの音楽が素晴らしい。

 ノーマは、オペラのアリアに相当する大きなバラードを2曲歌う。まず、第1幕の「ウィズ・ワン・ルック」(曲名は邦訳なし)。たった一目で、どんな役にも見せることができるという矜持と共に、視線(カメラ)への渇望を訴えたナンバーで、ノーマの置かれた状況と人格とを巧みに導入する。

 この曲には意外な転調が出てくる。A-A´-B-B´という構成で、Bの和音進行は次の通りだ。

  A-E7-A-E7-D-A-Bm7-E(以上B)

  C-G-C-G-F♯m7-A-Bm7-E(以上B´)

 イ長調のモチーフが、後半で3度上のハ長調に転じて反復される。ここまではよくあるパターンだが、そのモチーフが唐突に、ぬけぬけとイ長調に戻ってしまうのだ。しかも、最初はDの和音で歌われていたメロディーには短調のF♯m7が付けられている。ノーマのキャラクター、つまり周囲にお構いなしの高揚感や気まぐれ、起伏の激しさが音楽的にも表現されているのだ。

 もう1曲は第2幕。ベテラン映画監督として今もメガホンをとる旧知のデミルに会うために、ノーマが撮影所を訪れるシーンだ。デミル監督が憐れみの表情を隠す一方で、ノーマを知る人々は懐かしみ、寄り添う。

拡大「サンセット大通り」でノーマを演じる安蘭けい=渡部孝弘氏撮影

 ここでノーマが歌う「アズ・イフ・ウィー・ネヴァー・セイ・グッドバイ(別れなどないかのように)」が圧巻だ。撮影所の熱を帯びた空気、明け方の狂躁などが、「変わらずここにある」と歌い上げる。活力に富む映画界への讃歌であり、古巣に帰ったノーマが生気を帯びてゆくさまが鮮烈に表現されている。

 ノーマに仕える執事マックス(鈴木綜馬)は、「ザ・グレイテスト・スター・オブ・オール」という曲で、ノーマを最大のスターだと礼賛する。マックスはかつて嘱望された映画監督であり、ノーマの最初の夫だったとのちにわかるので、この曲にも、ノーマが大女優だったという来歴のほか、彼女を妄信するマックスの異常さが込められている。

 若きジョーは主題歌「サンセット大通り」で、優勝劣敗の冷酷な現実の中で生き抜こうという野望をぶちまける。ノーマの妄執と恋情を認識しながら、勝ち抜くために彼女を利用しようと決意する心境がここに端的に表れている。

 一方で、脚本家ジョーと、映画プロデューサーの下で働くベティ(彩吹真央)との間に恋が芽生える。これは、「オペラ座の怪人」における、怪人と歌姫クリスティーヌとのいびつな結びつきに、若き子爵ラウルが割って入っていった関係と似ている。性が逆転しているものの、ノーマ=怪人(おぞましい欲望)、クリスティーヌ=ジョー(若き才能)、ラウル=べティ(健全な常識人)という三角関係において構図が重なる。ただし、「サンセット大通り」では、ベティに婚約者がいるという設定だ。

 ジョーとベティがデュエットする2曲が魅力的だ。まず1幕で歌う「ガール・ミーツ・ボーイ」がメロディアスであり、さわやかな情感を醸し出す。まさに「ボーイ・ミーツ・ガール(恋に落ちる男女の出会い)もの」のシチュエーションにあることを示すと同時に、共に脚本家のマインドがあることから、自分たちの(男女の)関係を客観的に歌ったメタ的な歌詞になっている。脚本家志望のベティはジョーに協同作業を持ちかけ、惹かれ合う二人は2幕でこの曲を反復するが、その時に進行している脚本はまさに「ボーイ・ミーツ・ガールもの」でやはりメタ的。これは原作の映画にはない趣向で、実にしゃれたミュージカル・ナンバーといえよう。

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筆者

小山内伸

小山内伸(おさない・しん) 評論家・専修大学教授(現代演劇・現代文学)

1959年生まれ。慶応義塾大学文学部卒。ロンドン滞在を経て1989年、朝日新聞社入社。2013年に退社するまで、主に学芸部(現・文化くらし報道部)で文芸・演劇担当を務める。著書に『ミュージカル史』(中央公論新社)、『進化するミュージカル』(論創社)。日本演劇学会会員。

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