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生活保護見直しに見る政治の”危うさ”

林るみ 朝日新聞「be」編集部員

 ある芸能人の「半生記」の出版にかかわったことがある。3歳のときに、家族のDVもあって両親は離婚、1970年代、貧しい母子家庭にあっても明るく懸命に生きた少年期の話を聞き、心を打たれた。彼は偶然が重なり芸能界に入り、努力を重ねながらスターへの道を歩んでいく。人気者になったあとも、親の多額の借金を肩代わりするなど経済的困難に直面したが切り抜け、いまも第一線で活躍している。

 ただ、彼の話を聞き、そしてこれまで多くの芸能人を取材してきて思うのは、経済的、金銭面でいえば、いまも昔も芸能界は特異な世界だということだ(ちなみに、彼はそれを自覚しており、芸能人である前に社会人としての常識が大事だと語っていた)。かつて関西の大物芸人を長期間にわたって密着取材したときもそう思った。

 人間関係の濃さ、金まわりのよさ、生活の派手さ、そして不安定さも含めて、芸能界は世間一般のそれと同列で語ることはできない。とくにテレビに出る人気者の場合は。金銭感覚が特異という点では政界も同様であろう(ただし、2世、3世議員が多い政治家に比べると、芸能人のほうが比べものにならない厳しい稼業だと思う)。

 だから、例のお笑い芸人の母親の生活保護問題が起きたときに、芸能人のこんな特殊な事例をもって「生活保護一般」を語っては、とんでもないことになると思った。

 批判を恐れずに言うなら、そのお笑い芸人が高額所得だと聞き、少年期に極貧状態だったのによく抜け出せた、これはやはり芸能界だからこそありえた話だとも思った。貧困からの脱出という点では、私が担当した本の著者と同様、世の中では稀なサクセスストーリーといえるだろう。

 貧困率16%、先進諸国36カ国中にあって6位の日本ではいま、生活保護を受ける資格があるのに受け取っていない人たちは400万人以上いるといわれる。世代にわたる貧困の連鎖も深刻であり、貧困者のうち子どもは15%(高齢者は52%)を占める。いっぽう生活保護費の額が「史上最大」だとして大きな問題となっているが、受給者数は人口の1.6%、その額も社会保障費全体の3%に過ぎない。

 受給額を減らすには、多くの識者が指摘するように、貧困対策に本気で取り組み、生活保護を受ける前に救うセーフティネットを補強するしかない。適用の厳格化で受給者を絞ったり、生活保護費を削ったりしたところで日本の財政危機が改善されるわけでもなく、餓死者や自殺者、ホームレスが増えるのはたやすく想像できる。2012年1~4月の餓死・孤立死は新聞報道だけで13件にものぼる。

 ところが、いま、世間の生活保護に対する関心(不信や嫌悪感)の高まりを背景に、生活保護費削減一点張りの制度見直しを進める政治の動きが活発化している。

 私はこの問題では門外漢だが、この間の政治の動きがあまりにもひどく、目が離せなくなっている。それらが問題だと思うのは、実態の調査データを明示せず、「らしい」「ようだ」という曖昧な根拠や、個々の事例を全般化して一律に進めようとしていることだ。これは暴論というしかなく、危うさを感じる。

 数日前にも、耳を疑うニュースが入ってきた。「現金給付をなくして現物支給にする」「受給期間を限定する」……。大阪維新の会が、こんな生活保護についての見直しを「船中八策」に盛り込むことを検討中だという。クーポン券や生活品の直接渡しを考えているらしい。

 言うまでもなく「健康で文化的な最低限度の生活」(憲法25条)をするうえで、何を必要とするかは個人によって違う。憲法13条は個人の尊重、幸福追求権を保障している。現物支給は特定の企業の利権の温床にもなりかねない。

 少し考えただけでも問題だらけ、とても現実味のある策とは思えないが、橋下徹市長はじめ幹部自らが検討に参加しているとか。ちなみに橋下代表に請われて大阪府・市の特別顧問に就任したワタミ会長の渡邊美樹氏も「衣食住」を現物支給にできないかと、12年早々、自らのブログに綴っている。

 これに驚いていてはいけない。「公助から自助へ」を掲げる自民党も、3月に発足した生活保護プロジェクトチーム(略称SP、座長は世耕弘成参議院議員)のもとで、すでに4月に生活保護見直し策を発表、こちらも似たような内容である。「生活保護給付水準の10%引き下げ」「医療費扶助の大幅抑制」などに加えて「現物支給」もうたっている。

 食券配布だけでなく、住宅の現物支給もするとのこと。まさか受給者をどこかに集めて住まわせるつもりではあるまい。ちなみに「不正受給を許さない」を連呼する片山さつき議員もこの生活保護プロジェクトチームのメンバーだ。

 問題は野田佳彦首相が「自民党とは5項のうち、4か3・5は一致している」と発言したことだ。先の3党合意では、「生活保護制度の見直し」が社会保障改革推進法案に盛り込まれた。

 この自民党の見直し策に対して、6月18日、生活保護制度や貧困問題に取り組んでいる市民団体、反貧困ネットワークと生活保護問題対策全国会議から「公開質問状」が出された。見直し策はA4用紙1枚のものだが、質問は50近く、質問状は7枚にも及んだ。その内容を読むと、自民党の見直し策の曖昧さ(意味不明さ)が鮮明になってくる。

 たとえば、自民党は、「東京都の生活保護費が標準3人世帯で月額約24万円、最低賃金は約13万円、国民年金は満額で6万5541円である」として、「勤労者の賃金水準や年金とのバランスを配慮して生活保護給付水準を10%引き下げる」という。

 が、3人世帯の生活保護費と1人の最低賃金を比較することにどんな意味があるのかは示されていない。3人世帯の生活保護費と国民年金1人分の比較にどんな意味があるのかも示されていない(国民年金のほうが生活保護費より少ないのは昔から)。10%引き下げても最低生活ができるという根拠も示されていない。そもそも「10」という切りのよい数字はどこから出たのかもわからない――。

 自民党は「生活保護の受給者は窓口での自己負担がないためにモラルハザードや過剰診療が起きている」として、自己負担導入や医療機関の指定などで医療費を大幅削減するとしている。これについては、民主党の生活保護制度ワーキングチーム座長の梅村聡参議院議員もメディアでたびたび「一部自己負担が必要」と発言している。

 しかし、そのモラルハザードや過剰診療が全国でどれほど起きているのか、調査データが示されたことはない。病院側の問題もあり、自己負担で解決する話でもないはずだ。「モラルハザード」が問われるたびに世間の受給者への目は厳しくなる。

 こうした見直し策について、質問作成にあたった一人、自立生活サポートセンター・もやい代表理事の稲葉剛氏はこう語る。

 「生活保護を利用する当事者の意見を聞いたのか、どんな実態調査に基づいているのかがまったく不明です。もし行っていなければ、なぜ最後のセーフティネットである生活保護制度の根幹にかかわる重大な変更を加えることができるのか。ギリギリの生活を営む人たちを前にして、生きるために生活保護制度の利用を勧めてきた私たちとしては、人の命にかかわる問題だけに、思いつきのような案に呆れるのを通り越して、憤りを感じます。生活保護は“施し”ではなく“権利”なのだという意識が欠けていないか」

 生活保護問題対策全国会議の代表幹事、尾藤廣喜弁護士は、昭和40年代半ばに、厚生省で生活保護担当だったという異色の経歴を持つ。以来、生活保護にかかわる政治家と官僚の動きを見てきたが、首をひねる。

 「現行制度のどこが悪いのかを実情を踏まえて説明されたら、こちらもわかるのですが、感情論に走り、議論もなく制度改正が進められようとしている。40年間、この問題にかかわってきましたが、こんな状況は初めてです。かつて自民党からは政権与党として、生活保護だけでなく社会保障関係のさまざまな改正案が出されていましたが、当時の彼らは少なくとも自分たちの案が現場にどのような影響を与えるかについては考えていたし、担当者に実務的な検討もさせていた。ところが、いまは政策立案者としての責任感がなく、受給者が生身の人間であることも忘れたかのように、政治家自らが生存権を脅かしている。“政治家の劣化”と言ってしまえば、

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