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さしこ=指原莉乃の「左遷」とサラリーマン社会

大西若人 朝日新聞編集委員(美術)

 「さしこ」こと指原莉乃(さしはら・りの)が、AKB48から、姉妹グループで福岡を拠点とするHKT48に移籍することになった。過去の異性との交遊関係が週刊誌に報じられたことを受けての処置で、「左遷」と言っていい。

 不祥事が発覚したアイドルが処分を受けることは珍しいことではない。でもたいていは、謹慎、活動自粛といったものだったはずだ。いや、指原の場合、事件性はないのだから、無視する手もあった。異性関係、恋愛関係の場合は、「承知していない」「プライベートなことは関知していない」「本人に任せてある」と事務所がコメントするのが、むしろ普通と言っていい。

拡大AKB48選抜総選挙で4位となった指原莉乃=2012年6月6日、日本武道館

 それをきちんと「処分」したのにも驚くが、「左遷」という形をとったことには、さらに驚く。しかも、処分性は実はややあいまいにされていて、「HKTを盛り上げてほしい」という表向きポジティブな理由も加えられている。

 これ、仕事でちょっと失敗したサラリーマンの扱いにそっくりではないか。減給や訓告というほどではないが、お灸をすえないと周囲にも示しがつかないとき、異動という名の「左遷」がほどこされる。そのとき、「新天地で頑張ってほしい」「これまでの経験を生かしてほしい」「先方で必要とされている」といった表向きの理由も添えられる。この両義性がポイントだ。

 そんな、大人の、いやオヤジたちの社会の手法を、AKBが使ったのだ。おそらくは、総合プロデューサーの秋元康の判断によるのだろう。

 すでに一部で書いたことがあるのだが、AKBは、コアの支持者たる若い男性向けの戦略だけでなく、オヤジ戦略を大切してきたといえる。

 よく知られているように、AKBでは、CDに握手権や選抜総選挙の投票権がつけられているために、一人が何枚も買っているとされる。もちろん、グッズやイベントを通し、限られたパイから何度も回収するのが、アイドルビジネスの常道といえる。コアなファン対策だけなら、これで十分だろう。AKBもその流れのなかにあるのだが、CDの売り上げ枚数へのこだわりは際立っている。

 推測するに、オリコン1位、CD100万枚という数字に、新聞やテレビという旧メディア、というか、メディアを指揮する中高年層は、弱い。音楽は配信の比重も高まってきており、いまやCDの売り上げ枚数が何を示しているのか判然としないにもかかわらず、だ。

 NHKがAKBを重用し、AKBもNHKを重視しているのも、同じ理由だろう。とくに、紅白歌合戦での露出は、一気に認知度と世代が広がる。たとえば、「千の風になって」や「トイレの神様」が、1月にCDの売り上げを伸ばしたのも記憶に新しい。

 大物プロデューサーの秋元がてがけ、あれだけの数の女の子が「会いに行ける」アイドルとして歌い踊り、握手までしてくれるのだから、若い層に一定の人気が出ることは、あらかじめ予想されていたといえる。

 しかし、それだけでは、誰もが知っている「国民的アイドル」にまではならない。AKBを猛追しているかに見える「ももクロ」が、現状においては、普通の大人から見れば「ああ、そういうグループもはやっているのね」というレベルにとどまっていることからもわかる。

 そのレベルを超えて、「国民的アイドル」になるのは、たとえばモー娘の「LOVEマシーン」のように時代とシンクロした奇跡的な楽曲がてこになることがある。しかし、それは計算が難しい。そこでAKBでは、

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筆者

大西若人

大西若人(おおにし・わかと) 朝日新聞編集委員(美術)

朝日新聞編集委員。1962年、京都生まれ。東京大学工学部都市工学科卒、同修士課程を中退し、1987年に朝日新聞社入社。東京本社、大阪本社、西部本社の文化部などで、主に美術や建築について取材・執筆。同部次長などを経て、2010年より現職。『大地の芸術祭――越後妻有アートトリエンナーレ2000』(現代企画室)、『リファイン建築へ――建たない時代の建築再利用術 青木茂の全仕事』(建築資料研究社)、『文藝別冊<永久保存版>荒木経惟』(河出書房新社)などに寄稿。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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