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【ポスト・デジタル革命の才人たち】 むぎばやしひろこ(下)――生きることの工夫はそのままアート

聞き手=服部桂(朝日新聞社ジャーナリスト学校シニア研究員)

服部桂

■震災とソーシャルメディア

――この前、東北の震災地にボランティアに行かれたと聞きましたが。

むぎばやし 震災1周年前に、どうしても行きたかったんです。気仙沼からフェリーで気仙沼大島というところに行きました。やはりメディアで見聞きして思っていたことと、現地に行って感じることはまるで違いますね。

 震災当初の島は、3割近くが浸水して家屋が流されたり、船が陸の中の方まで打ち上げられたりしていたんです。もともと漁業と観光が中心の町で、漁業がどんどんできなくなってしまっているので、観光でがんばろうとしています。実は「緑の真珠」と呼ばれているすごくきれいな島で、東北なのにちょっと沖縄みたいなビーチがあって、鳴き砂もあるすごく魅力的な島なんですよ。現在は復興が進みつつあって、残ったがれきを移動する先の土地の草むしりのお手伝いなど、ボランティア活動もしました。

拡大気仙沼で

 また現地の皆さんと話をして、どういう事を希望されているのかも伺いました。すると、「ともかくボランティアだけではなく、観光にも来てほしい」という声が多かったです。漁業が痛手の今、島に椿の森をつくって「椿まつり」というイベントを開催して、椿を観光資源として盛り上げていこうとしています。

 私もこれを支援する「気仙沼大島椿サポーターズ」(http://tsubakicard.org/)の一員となり、自分の手で椿の木を植樹してきました。普段はFacebookで皆さんの活動内容を共有しています。微力ではありますが、末永くお手伝いしたいと思っています。

――今回の震災では、ソーシャルメディアなどが、マスメディアの伝えられない現場に即した情報を伝え、復興の手助けにも活用されて話題になりました。知人でソーシャルラーニングという分野を開拓している人が、被災地の中学や高校の受験生のために、予備校のカリキュラムをネットやタブレット端末を使って受験勉強の手助けをしていました。そういう意味では新しいメディアは、便利さのためだけではなく、もっと社会全体のインフラを強化していく方向にも進まなくてはいけないと思いましたね。

むぎばやし そうですね。ボランティアに行く人たちも、Facebook上で支援サークルを作って毎日活発に使っています。例えば、急に一日だけ時間ができたので行ってお手伝いしたくても、誰に何をやってほしいのかという情報がオーガナイズされていないと、行ってもむだな時間を過ごしてしまう。そこで、そのサークルに「行って手伝いたい」と投稿すると、「この日はこういう事があるので、これを手伝ってほしい」とマッチングをしてくれるんです。おかげで雑然とした情報がうまく整理されて、いろんな活動がスムーズに流れるようになりました。

■女性の自由とテクノロジー

――今後はどういう分野のビジネスをしたいですか。

むぎばやし 女性の生活を変えていくという意味では、先ほども言っていたメークやファッション以外にも、健康やヘルスケアの分野にも注目しています。アンチエージングの分野や、教育に役に立つアプリもやってみたいと、いろいろ夢を持っています。

――なるほど、これから重要な分野ですね。働く女性としては、これからさらにネット社会でどういう生き方が考えられるんでしょうか。

むぎばやし まず働き方の自由というのが、すごく変わってくると思っています。そうなれば住む場所も、大都市にいなくてもいいのかもしれないですし。それに自分が女性だから、結婚しているから、子どもがいるからできないといった制約は徐々に解消されつつあると思います。

 自分の時間を自由にコントロールして仕事をしようと思った場合、1人でできる範囲で個人ビジネスをするやり方もありますね。でもそれだとやっぱり自己満足に終わってしまう。これからのネット社会では、もっと規模を追求できるはずで、そのために私は会社組織で活動することにしました。そうすれば、何時に行っても誰にも怒られないし(笑)。 社会に貢献しながら、自分が売り上げをコミットして会社を経営してゆくという大きな責任はありますが、そうすることで自分の時間の使い方が自由になったし、自分らしく生きられるようになった。もちろん他人の協力がなくては生きていけないんですけど、自分の生き方のイニシアチブを取れるようになったというところですかね。

 そうすると周りから、「それって、すごく勇気がいるんじゃない?」とか「よくやれるね」と言われます。別に会社を作らなくてもいいと思うんですけど、女性が結婚して子育てしていても、社会性を持ち、収入をきちんと得て、オシャレで、趣味の時間もある生活を送ることは可能だと思います。自分らしさを大切にしながら、どんどん素敵な人達と出会って、新しいことに挑戦して、人に喜ばれる。「自分も幸せ、人にしてあげることが幸せ」というポジティブなフィードバックループのクラスタを増やして繋げて拡張してゆく。

 今までだったら「そうはいっても、実際はなかなか無理」と諦めていたライフスタイルは、ソーシャルメディアやスマホなどの新しいメディアテクノロジーの助けを借りることで、十分できる時代になってきていると思います。女性だけではなく、ノマドワーカーやフリーエージェントと呼ばれるライフスタイルも同様だと思っています。

――テクノロジーって男性的なイメージがありましたが、女性的な感性でまったく違う力を発揮できるものなんですね。人間の自由を追求する新しい可能性を開くものとして、もっと違う視点から考えないといけないなと思いました。

むぎばやし 来年は、ソーシャルゲームの手法とARをかけ算する、「アイティア流ゲーミフィケーション」をやっていこうと思って準備中です。また、私たちが得た様々なことを次世代のクリエーターやビジネスマンにフィードバックして共有してゆくために「aitia open house」という名前で、ワークショップ、シンポジウム、体験型展示、クラブイベントをすることを企画中です。楽しみにしていて下さい。

――なるほど楽しみですね。これからも注目していきますよ。

■むぎばやしひろこ アイティア株式会社代表取締役。情報科学芸術大学院大学(IAMAS)メディア表現修士課程修了。エイベックス株式会社(現エイベックス・エンタテイメント株式会社)で、デジタルコンテンツ・プロデューサーとして、日本初となった音楽配信事業の立ち上げを含め、新規事業開発に従事。2006年、これまでの経験を生かし、アイティア株式会社を設立。独自AR(拡張現実)技術をつかったAndroidスマホ向け「モシモカメラ」アプリが600万ライセンスを超えるヒットに。趣味は、電子楽器とゴルフとワイン。著書に『かわいいサイエンス』など。

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【ポスト・デジタル革命の才人たち】 むぎばやしひろこ(上)――新しいARの可能性を追求したい

*むぎばやしひろこさんは2015年12月22日にお亡くなりになりました。ご冥福をお祈りします。