2012年07月04日
一人はむろん、かつてフランス・ヌーヴェルヴァーグの旗手であり、現在もなおバリバリの現役監督である天才児、ジャン=リュック・ゴダール(Jean―Luc Godard、1930~)。
そしてもう一人が、1960年スペイン、バルセロナ生まれのホセ・ルイス・ゲリン(Jose Luis Guerin)だ。この俊英の幻の処女作から最新作まで全8本が特集上映されている(7月27日まで。東京・シアター・イメージフォーラム)。
ここではまず、「ゲリン入門編として最適の1本」(パンフ)である傑作、『シルビアのいる街で』(2007)をとりあげよう。
『シルビア――』がゲリン入門に最適なのは、今回上映される8本中、おそらく最もシンプルな物語を語っているからだ。そしてなおかつ、そうしたシンプルな物語が、ゲリンならではのユニークな手法で描かれるからである(以下、部分的なネタバレあり)。
<物語:主人公の画家志望の青年(グザヴィエ・ラフィット)が、6年前に愛し合った女性シルビアの面影を求めて、想い出の地であるフランスの古都ストラスブールをさまよい歩く。そんなある日、シルビアに生き写しの美女、ピラール・ロペス・デ・アジャラを目にした主人公は、彼女の尾行を開始する>
たったこれだけのシノプシス/あらすじを、さまざまな映像と音響によって肉付けし、膨らませ、けっして短くはない86分の映画として織り上げていくこと。いうまでもなく、その一点にゲリンは勝負を賭け、みごとに勝利したのだが、本作の演出上のポイントを、以下に断章形式で記す(本来なら例によって、<付記――映画マニア向きコラム>として記すべき、ややディープな論点だが、ゲリン作品の性格上、本文でそれらにコメントする)。
*「3夜/3部」構成のこの映画は、ゲリン自身語っているように、ヒッチコックの『めまい』(1958)のような、<見る/見られる>こと、すなわち<視線>をめぐるフィルムであり、<尾行><追跡>についてのフィルムだ。
とはいえ主人公の青年は、『めまい』のジェイムズ・スチュアートのような、「金髪のマデリン」=キム・ノヴァクへの強迫的な愛にとりつかれて彼女を尾行する神経症的な男ではなく、くだんの美女(以下、ヒロイン)の後をつけるさいにも、ほとんど表情を変えずに、おおむね冷静にふるまう(そもそも本作には、ゆるやかなサスペンスは演出されはするが、スリラーの要素は皆無だ)。
なお、主人公がカフェでその後ろ姿を目にする女性客の一人の、渦巻き状/シニョンに結いあげられた金髪をクローズアップ気味にとらえるショット、あれもむろん『めまい』のキム・ノヴァクのらせん状に編まれた髪形への、ひいてはヒッチコックへの、ゲリンの敬意をこめた<挨拶/オマージュ>だ。
*そういえば、もう一人のJLG/ゴダールもまた、『女と男のいる舗道』(1962)でアンナ・カリーナの後頭部をえんえん撮り続けたり、政治的急進思想に「かぶれていた」時期の『ありきたりの映画』(1968)では、屋外の野原で討論する学生や労働者たちを、彼・彼女らの顔がフレームから切れた斜めからの奇妙な構図で、いつ果てるとも知れぬ長回しで写したりした(余談だが、ゴダールの「政治へのかぶれ方」、そしてそれを映画化するスタイルは、超かっこよくオシャレだった! やはり天才は何をやってもサマになるのだ)。
ともあれ、ヌーヴェルヴァーグの面々がそうであったように、映画史的知識を“実戦”に生かす術(すべ)を心得ているゲリンは、人物を後ろから撮る撮り方を、ヒッチコックだけでなく、ゴダールからも学んだのではないか。
*『シルビア――』の観客は、ゆるやかな時間の流れのなかで、ストラスブールのカフェで客たちを観察し、ノートに黙々とデッサンをする主人公の姿を見、あるいは彼の視線がとらえる何人もの男女を、彼の目となって凝視する。彼の目に映った映像は、むろん1人称の<主観ショット>だが、そのように主観ショットと客観ショットを自在に組み合わせていくゲリンの視線演出には、理屈ぬきで興奮させられる。
*対象を凝視する静止画的な<視線>の映画である『シルビア――』は、しかし同時に、追跡/尾行をはじめとする<運動/アクション>を描く、れっきとした活劇でもある。事実この映画では、尾行以外にも、さまざまな<運動>が緩急自在に描かれる。――カフェの席を立ち、フレームの外に出ていく客たち、正面奥にとらえられたT字路を横切る人物たち、そして彼・彼女らがフレーム・アウトすることで無人ショットが生まれる絶妙な呼吸(まさしくゲリンの敬愛する小津安二郎的な作画だが、それについては蓮實重彦氏の
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