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『ヘルスケ』の沢尻エリカは、熱湯風呂に入った芸人か

西森路代 フリーライター

 映画『ヘルタースケルター』を見て印象に残ることと言えば、沢尻エリカがりりこを演じたからこそこの映画が成り立ったということではないだろうか。しかし、よくよく考えてみると、沢尻エリカとりりこの共通点は意外と少ない。

 りりこは田舎から出てきて全身整形をほどこした人工美人なのに対し、沢尻エリカは東京生まれで日本人の父とアルジェリア系フランス人の母を持つハーフである。10代で芸能界入りしたときの沢尻の顔は、りりことは正反対の天然美少女で、その後も歯列矯正はしているものの、あからさまな整形のウワサも聞こえてこない。いまでも化粧を落とした沢尻エリカは10代のときとかわらないあどけなさを持っていることだろう。

拡大映画『パッチギ!』(2005)の記者会見で井筒和幸監督と

 また、りりこは演技をやってもさほど才能がないといった風に描かれているのに対して、沢尻はこれまでに『パッチギ!』やドラマ『1リットルの涙』などで演技についても評価されている。

 そんな実は天然美人で女優としての才能も持っている沢尻が全身整形の人工美人のりりこを演じたというのに、なぜここまで役とシンクロするに至ったのか。

 それは、原作とは違い、映画の中のりりこに課したテーマが、「人の期待に応えてしまう人間の脆(もろ)さ」にすり替わったからだ。そして、この点が強く描かれているために、原作ファンから違和感を持たれることもあったのだろう。

 しかし、この「人の期待に応えてしまう人間の脆さ」というものは、原作に描かれたテーマよりもシンプルで、女性だけでなく男性にもあてはまる。また、「人の期待に応えてしまう人間の脆さ」が描かれているからこそ、90年代に描かれた物語を現代の物語として甦らせることができたのかもしれない。現代は90年代よりも、キャラや役割を意識し、空気を読み取らないと人々が生きにくい時代になったからだ。

 例えば、バラエティ番組で、熱湯の入ったプールがあったとすれば、芸人は、そのプールのギリギリのところに立ち、「絶対に押すなよ!」という「ネタフリ」をしながらも、見えないところで衣服につけられたマイクをはずし、誰か別の芸人に肩を押されることを待つ。

 そうすることで「人の期待」に応えるのだ。たとえ本人が熱湯に入りたくなくっても、その役割を先輩芸人から押し付けられた場合は、その期待に満ちた空気に従って熱湯に入らなければ番組と場は成立しない。

 こうした空気はいまや一般社会にも浸透している。職場や学校でもキャラや役割がひとりひとりに割り振られ、その場の空気を乱さないように、人々の期待に応える行動を一度もしたことがないという人はどれだけいるだろうか?

 そして、沢尻エリカである。

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筆者

西森路代

西森路代(にしもり・みちよ) フリーライター

フリーライター。1972年生まれ。愛媛と東京でのOL生活を経て、アジア系のムックの編集やラジオ「アジアン!プラス」(文化放送)のデイレクター業などに携わる。現在は、日本をはじめ香港、台湾、韓国のエンターテイメント全般について執筆中。著書に『K-POPがアジアを制覇する』(原書房)がある。

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