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出来がよくない『ヘルタースケルター』『テルマエ・ロマエ』がヒットして、『苦役列車』がなぜ受けないのか?

古賀太 日本大学芸術学部映画学科教授(映画史、映像/アートマネジメント)

 2012年前半の映画興行は、相当の変化が起きているように思う。何より誰もが驚いたのが『テルマエ・ロマエ』(武内英樹監督)の大ヒットだ。『ミッション・インポッシブル/ゴースト・プロトコール』や『アメイジング・スパイダーマン』を抜いての堂々1位で、最終興収は60億円に届きそうだ。

 2011年邦画トップのアニメ『コクリコ坂』(44億6000万円)を軽く抜いている。当初、フジテレビ内で企画が出た時は興収10億円が目標だったというから、関係者も予想外のヒットだ。

 この映画を映画館で見て驚いたのは、あらゆる世代が見に来ている、ということだった。昔の『男はつらいよ』のような感じというか、若い人からお年寄りまで、人の良さそうな昔の日本人が戻ってきた感じだった。

 これと対照的なのが『ヘルタースケルター』。10代から30代までの女性グループが多く、女子会状態。だいたい、みんな派手で、こちらは映画の中身と同じく現代の東京という感じ。

 そしてこの映画が実は当たっている。最初の3日間の連休で3億5000万円というから、ひょっとすると20億円近く行くのではないか。写真家の蜷川実花が監督した前作『さくらん』が7億円の興収でずいぶん健闘したと言われたが、今回はそれを遥かに上回る。沢尻エリカの話題性があるとはいえ、予想を上回る好発進だ。

 映画のタイプも客層も違う2本のヒット作だが、漫画が原作という以外にも共通点がある。それは、「現代日本の無条件の肯定」だ。『テルマエ・ロマエ』は、古代ローマからやってきたローマ人が現代日本の風呂や温泉に驚嘆し、それを学んでローマの浴場に役立てるという筋だ。そのうえ、古代ローマ人を演じるのは、阿部寛を始めとして「濃い顔」の日本人。エキストラが西洋人で、全員が日本語を話すという、お気楽な設定だ。

 最近の日本人は内向きなどと批判されるが、おおいに結構。世界に誇る風呂文化を持ち、英語ができなくても外国人は日本語を話してくれる。そんな世界を一瞬だけ夢見る、震災後の疲れた日本人の姿が見えてくる。

 『ヘルタースケルター』は、有名になりたい、美しくなりたいという夢を実現してゆくりりこが主人公だ。自らの欲望のために、押し寄せる不安を乗り越えて走り続けるりりこの姿は、現代の日本女性の憧れだ。その不安定な泣き笑いも含めて、日本の若い女性の心情に共振しているように思える。これもまた「現代日本の無条件の肯定」だ。

 そしてすごいのは、この2本が映画としての出来がよくないということだ。『テルマエ・ロマエ』に至っては、映画の体をなしていない。阿部寛がローマ時代の浴場から、日本の浴槽に現れるシーンは最初はおかしいが、何度も繰り返されると飽きてくる。彼がジャグジー風呂や温泉卵などに驚くシーンも同じパターンの繰り返しで、退屈だ。こんなものがどうしてヒットするのかと思ってしまう。

 『ヘルタースケルター』は

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筆者

古賀太

古賀太(こが・ふとし) 日本大学芸術学部映画学科教授(映画史、映像/アートマネジメント)

1961年生まれ。国際交流基金勤務後、朝日新聞社の文化事業部企画委員や文化部記者を経て、2009年より日本大学芸術学部映画学科教授。専門は映画史と映画ビジネス。訳書に『魔術師メリエス――映画の世紀を開いたわが祖父の生涯』(マドレーヌ・マルテット=メリエス著、フィルムアート社)、共著に『日本映画史叢書15 日本映画の誕生』(岩本憲児編、森話社)など。個人ブログ「そして、人生も映画も続く」をほぼ毎日更新中。http://images2.cocolog-nifty.com/

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