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書店のイメージたちの行方――東京堂書店リニューアル4ヶ月に思う

大澤聡

大澤聡 批評家、近畿大学文芸学部講師(メディア史)

 神田神保町のすぐ近くに位置する大学でいくつか講義を担当している。3年目になる。初年度に、大半の学生が神保町をまったく利用していないことを知り、それは端的にもったいないということで、折に触れ神保町の魅力や使い方のコツなどを授業中の話題に挿し挟むようにした。

 しだいに、学生たちも空き時間に街を散策するようになっていった。この稀有な街の存在を知ると、次に、どうして同業店がかくも共存できているのかが不思議になるようで、そのたぐいの質問を多くうける。

 一口に「古書店」といっても多様で、各々に得意とするジャンルがきっちり確立されており、だからうまく棲み分け、ときに協力しあってもいるのだよ、といった説明をすることになるわけだが、では「新刊書店」の方はどうか。こちらも、個性というかカラーのようなものが個々にあって、置いてある新刊本は似かよっていても、既刊書との組みあわせやレイアウトしだいで、ずいぶんと本(商品)の見え方がちがってくる。だから、客の好みと必要に応じて絶妙な棲み分けが成立している。やはり、そんな説明になる。

 説明の際、ある雑誌記事(「あの有名書店をヒトに例えると、こんな感じ?!」『男の隠れ家』2010年12月号)を借用し、スライドに映しながら解説した。11の書店を人物類型に当てはめイラスト化した半ば冗談のような企画記事で、しかしなかなか的を射ている。

 たとえば、神保町の一角に密集する新刊書店3店はそれぞれ次のように描かれる。「三省堂書店」はマジメな詰襟の学生風に(辞書を小脇にかかえている)、「書泉グランデ」は各方面のマニア風に(紙袋を携えている)、「東京堂書店」は年配の大学教授風に(指し棒とテキストをもっている)。もちろん、現実の客層ではない。各店の醸し出す雰囲気やイメージを極端なかたちで擬人化した結果だ。

 学生たちも現場に足を運び比較観察してみたり、地元にある書店はどんなタイプに相当するだろうかなどと各自で発展的にチェックしてみたりと、それなりに教育的効果(イヤな表現だが)があったといってよさそうである。本を読むきっかけは何だっていい。ただ、東京堂書店については「敷居が高い」という印象を事前に与えることにもなってしまったようで、補足説明の必要を感じていた。

 常連に作家や出版関係者が多いことからも分かるように玄人好みする書店であり、とりわけ人文・文芸の領域においては独自の審美眼で他店の追随を許さない品揃えを誇ってきた。巷で話題の新刊よりもとにかく良質の本を掘り起こすことに重点がおかれ、通常の書店ではそう多くは売れそうにない本がどんどん売れるなど(展示される前週の「ベスト10」がしばしば面白い光景になる)、読書家たちの熱烈な支持を獲得してきた。来店客に鍛えられた側面も大きい。

 としてみれば、そもそも読書慣れすらしていない学生たちが同店の面白さを深く理解するにいたらないのはもちろんではある。しかし、だからといって、見もしないのはやはりもったいない気がする。

 そんななか、2012年3月末、ご存知のとおり、当の東京堂書店が大々的な改装を敢行した。リニューアルオープンから4ヶ月。様子見の客足もだいぶ落ち着いてきた。教えている学生たちも多く訪れたようで、聞けば以前よりもずいぶんと入りやすくなったという。とりわけ、女子学生にその反応が目立った。じっさい、同店店長によると女性客の割合が増えているとのこと。

 学生たちのいう「入りやすさ」の背景にはいくつかの要素があるだろうが、とにもかくにも雰囲気が一変した。間接照明を中心にし、全体的な照度を落とす。書架やカウンターなど店内の基調色を茶と深緑とで統一し、シックなかんじにまとめあげている。改装の目玉は、のぼりエスカレータの復活(じつは2002年12月の前回リニューアルまでは存在)と、オリジナルカフェ「Paper Back Cafe」の新設(キャッシュオンスタイルで1~3全階を貫通する)だ。

 エスカレータ設置にともない、各階清算式から1階集合レジ式に切換え、それにあわせた動線設計がなされる。たとえば、各フロアのコンセプトがいっそう明確になり、1階「未来」(新刊・新書文庫・雑誌など)、2階「活動」(ビジネス・社会科学など)、3階「思考」(文学・人文書など)といった具合に物語化が施されている。

 エスカレータ周辺には、浮島のようにいくつもの平台が配備され、さまざまなフェアを常時構成する。本の展示を見て回る感覚でセレクションを楽しむことができる。多くの発見があり、当たり前だが買うこともできる。東京堂が得意としてきた文脈生成型の選書フェアが新たなデザインのなかに流し込まれる。

 平台といえば、1982年の改築時以来、同店の名物にもなっていた1階の巨大平台(通称「軍艦」)だが、これも装いを新たにし、「”知”の泉」という名称プレートがつけられた。若干コンパクトになった印象こそあるものの、例によって、新刊書のうちより重要な意味をもつもの(それがどれだけマイナーであっても)をひととおりチェックすることが可能な定点観測場としてしっかり機能する。

 カフェは売場スペースとは完全に仕切られ、未清算商品の持込みはできない。したがって、ここは試し読みではなく、買ったばかりの本をすぐに読んだり、歩き回って疲れた足を休めたりするスペースとして利用されるのだろう。

 ならば、近くの別の喫茶店でよいのでは、という意見もありそうだが(わたしもそう思っていた)、隣接の便利さもあって意外と使える。なにより、大半の客が読書をしているのだから静かだ。電源や無線LANも完備。この手のカフェには珍しく、フードメニューもあり、何度かカレーを食べた。カフェの1階部分では無料トークライブが何度か開催されていた。オープンスタイルが最近の傾向なのかもしれない。

 東京堂書店はずいぶんと変わった。しかし ・・・ログインして読む
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筆者

大澤聡

大澤聡(おおさわ・さとし) 批評家、近畿大学文芸学部講師(メディア史)

1978年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。日本学術振興会特別研究員を経て、現在、近畿大学文芸学部講師。専門はメディア史。出版産業やジャーナリズムの歴史的変遷を分析。デジタル時代の言論環境に関して提言をおこなう。文芸批評も手がける。著書に、『批評メディア論――戦前期日本の論壇と文壇』(岩波書店)など。Twitterは、@sat_osawa

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