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“伝説のテロリスト”の半生を描く傑作長編『カルロス』(下)――<冒険>に魅了された享楽主義者

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 カルロスの軌跡は現在でもなお多くの謎に包まれているというが、海野弘氏は『スパイの世界史』(2007、文春文庫)で、彼の破天荒な生い立ちを手際よく概説している(524頁以下)。

 海野氏によれば、カルロスの父・ラミレス博士はベネズエラの富裕な法律家だったが、レーニンを崇拝していて、3人の息子をそれぞれ、イリッチ、レーニン、ヴラジミールと名づけた。そして1966年、イリイチ(以下カルロス)を、なんとキューバのゲリラ戦士訓練所に入れたが(!)、そこの校長はKGBの大佐であった。

 この「とんでもない」父親は、その後、カルロスをモスクワのルムンバ大学に入れたが、そこは第三世界の革命家を養成するセンターで、彼は共産主義思想とともに銃、爆弾の扱いを習った。カルロスは訓練を受けながら、父親の仕送りでプレイボーイとして遊びまわり、そのためにソ連から追放になった。ただしこれはKGBがスパイを西側に送る時の偽装の可能性があるという――。

 とまあ私たちには、それこそ映画やスパイ小説でしかお目にかかれない、「とんでもなく」現実離れしたエピソードに思われるが、1960年代の冷戦時代には大いにあり得た(現にあった)ことなのだ(もっとも、冷戦後の<新しい戦争>――宗教・民族主義・ナショナリズムを動力にする――の時代である今日においても、世界の“きな臭い”地域では、これと似たようなことは起きているかもしれない)。

 またカルロスが、“革命学校”卒業というのも面白いが、金持ちの父親の仕送りによって贅沢三昧にふけり、享楽的資質を全開させたという点は、非常に興味深い(彼の遊蕩<ゆうとう>が偽装工作のためだけだったとは、私には思えない)。

 思うに、カルロスは出自や生まれつきの性向からして、禁欲や規律にはなじめない真に享楽的な<ブルジョワ>――けっして悪い意味ではなく、むしろ肯定的な意味での――だったのではないか。

 だとすれば、カルロスをテロリズムへと突き動かしていたものの核心は、「世界革命」などという大義などではなく、性愛におけるのと同様、<生きているという強烈な実感、燃焼感>、いってみれば<冒険のエクスタシー>を味わうことではなかったか(<エクスタシー>とは、「快楽が最高潮に達して無我夢中の状態になること」(『大辞泉』、またフランス語で「冒険」を意味する「アヴァンチュール aventure」には、「情事」「危険を伴う性愛」の意味もある)。なおカルロスが「冒険」に魅せられていたことは、後段で参照するアサイヤス監督自身の発言でも触れられている。

 むろんカルロスは複数の貌(かお)をもつ“ファントム/幽霊”だったから、ある時期、彼が有能なテロリストとして活躍しえた理由を、<冒険のエクスタシー>への渇望だけに帰することはできないだろう。カルロスは、冷静沈着な状況判断、周到な計画能力、大胆な行動力にも長(た)けており、そしてまた、われわれ常人と同じく、功名心、虚栄心、称賛されたいという欲求などなどの、世俗的な欲求をも十分に持っていた。アサイヤスは本作において、カルロスのそうした多面的な性格を、じつにデリケートにあぶり出してしてゆく。

 最後に、テロリストとしてのカルロスの「絶頂期」――1960年代から70年代にかけての政治的急進主義の時代――をめぐる、アサイヤス監督自身の貴重な発言に耳を傾けてみよう(劇場公開用パンフレット、81~82頁)。

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

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