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“フィルム・ノワール”の古典が東京・渋谷に大結集!

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 選りすぐりの<フィルム・ノワール>18本が、東京・渋谷のシネマヴェーラ渋谷で特集上映されている(10月12日まで)。いつもながら、シネマヴェーラならではの、度肝を抜かれるようなラインナップだが、必見中の必見作をあえて絞りこむなら、エドガー・G・ウルマー『恐怖のまわり道』(日本未公開作)、アンソニー・マン『グレイト・フラマリオン』(劇場未公開作)、ジャック・ターナー『過去を逃れて』(劇場未公開作)、フリッツ・ラング『ビッグ・ヒート/復讐は俺に任せろ』、『スカーレット・ストリート』(劇場未公開作)、『暗黒街の弾痕』だろうか。いやいやジョセフ・H・ルイス『ビッグ・コンボ』も、アイダ・ルピノ『ヒッチハイカー』も見逃せないぞ――。

 というわけで、こちらの脳もかなりヒートアップしており、なかなか冷静に文章を書きにくい状態にあるのだが、とりあえず、どこを切ってもエンタメの“熱い(冷たい?)血”が流れ出る<フィルム・ノワール>というジャンルについて、ざっとコメントしてみよう。             

 フランス語で「暗黒映画」を意味する<フィルム・ノワール>には、くり返すが、誰が見ても理屈ぬきに楽しめる作品が多い。なのに、このジャンル名(作品自体ではなく)は、一般の映画ファンにはちょっと“近づきがたい”印象をあたえているようだ。

 とするなら、<フィルム・ノワール(以下ノワール)>というカタカナ・ジャンル名が、その名のもとに分類されている魅惑的な作品群を観客から遠ざけているのでは、と思ったりもする。

 ともあれ前述のように、ここではまず、あくまで<ノワール>を「思いきり楽しむ」ために、このジャンルの特徴をざっくりと箇条書きにしてみよう。

*1940年代~50年代にアメリカで撮られた暗いムードのモノクロ犯罪映画、すなわち、ジョン・ヒューストン『マルタの鷹』(1941)を嚆矢(こうし:第1作)とし、オーソン・ウェルズ『黒い罠』(1958)で終息したジャンル映画である(これは狭い意味でのノワールの定義であり、異論もある)。

*しばしば、自らの性的魅力によって男を破滅させるファム・ファタール/悪女/宿命の女が登場する。一説によれば、彼女らファム・ファタールは性的冷感症なのでセックスにおぼれて

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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