2012年09月24日
「国際映画祭の記者会見というのは、ディレクターが前に出て作品を説明するのが普通なのではないですか。右端で紹介だけというのは、この映画祭でのディレクターの位置づけはどうなっているのでしょうか?」
想定外の質問に場内は一瞬凍り付いてしまったが、これに対する回答は後半に書くとして、まず国際映画祭におけるディレクターとは何かについて説明したい。
この連載の(1)にも書いたが、筆者が参加した今年のベネチア国際映画祭では、ディレクターがマルコ・ミュラーからアルベルト・バルベラに変わったことが最大の話題だった。ともに日本にも何度も来ている日本映画通のイタリア人だが、その志向は違っていた。
2004年から8年間ディレクターを務めたミュラーは、中国映画や中東の映画を積極的に発掘し、アニメやジャンル映画を数多く上映して、映画の多様性を見せようと努力していた。一方、既に1999年から3年間ディレクターを務めていたアルベルト・バルベラは、その後トリノ映画博物館の館長をしていることからも明らかなように、よりクラシックな、悪く言えばアカデミックな趣味の持ち主だ。
結果は明らかだった。まずコンペはそれまで22~23本にしていたのが18本とすっきりまとまり、中国映画は1本もなかった。アジアは日本の北野武監督『アウトレイジ ビヨンド』のほかは、フィリピン、韓国が1本ずつで例年に比べて欧米偏重と言えるかもしれない。
かといってハリウッドの派手な話題作もない。ヨーロッパの良識的なテイストが反映されたラインナップは、むしろ各国のジャーナリストたちの評判が良かった。
さらに今年は「ベネチア・クラシック」が増設された。ミュラーの時代もテーマを決めての回顧上映は組まれていたが、バルベラは明らかに「カンヌ・クラシック」を意識して、古典の復元版上映という、映画を保存する映画博物館の館長らしい枠を作った。日本の『カルメン故郷に帰る』のデジタル復元版が上映されたのはここだった。
このようにディレクターが変われば、映画祭の内容は一変するのが国際映画祭の常識だ。ベルリン国際映画祭のディレクターが2002年にディーター・コスリックになってドイツ映画の数が増えたのは有名な話である。
さて、1985年に始まったはTIFFはどうだろうか。筆者は2回目の87年から参加しているが、長い間、ディレクターに当たる人はおらず、作品部内で部門別に担当者がいたり、合議制だったりした。
「作品選定ディレクター」という形で個人に依頼するようになったのは、今世紀になってアジア部門が2003年から暉峻創三氏が、コンペは04年から映画会社アスミック・エース国際部の吉田佳代氏が任命されたのが初めてだ。その後コンペは映画評論家の田中千世子さんに代わり、07年から前述の矢田部氏が務めている。
記者会見ではなぜか矢田部氏はコンペを選んでいるとしか言及されなかったが、実際は「日本映画・ある視点」「WORLD CINEMA」「natural TIFF」も彼の領域だ。アジア部門は2007年から石坂氏。これに東宝出身の都島信成氏が「特別招待部門」を選んでいる。
つまり、全体のディレクターはいない。部門別に3人が分担し、全体をチェアマンの依田巽氏が統括しているイメージだが、コンペを含む4部門を担当している矢田部氏をディレクターと言うべきだろう。記者会見当日は、告知通りTIFFを運営する団体であるユニジャパンの高井英幸理事長(東宝前社長)、TIFFの依田チェアマン、ユニジャパンの西村隆事務局長、TIFF事務局長が登壇者となった。前述の通り、矢田部、石坂の両氏は右端に座り、後半に紹介されただけだった。
これは日本の文化状況を典型的に表していると思う。誰かに内容を任せて、その責任を明確にする、ということをしない。「出る杭は打たれる」ではないが、美術館の展覧会だと、外国では担当学芸員の名前はカタログの背文字に出るほどだが、日本で学芸員の名前がカタログの隅に出始めたのは最近のことだ。
映画祭に限らず、演劇祭や美術のトリエンナーレでも長い間この状態は繰り返されてきた。たぶんその意味では現代美術の分野が一番進んでいるかしれない。2001年に始まった横浜トリエンナーレは、最初からディレクターの名前を明確にしてきた。TIFF以上に後発だが、だからこそそれなりの評価を得てきた。
TIFFに関して言えば、カタログやプレス資料などで少しずつ改善されてきているように思うが、あのような記者会見ではまだダメだ。
さて、冒頭の筆者の質問に依田チェアマンはどう答えたかというと、
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