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“フィルム・ノワール”特集の最大の目玉――ウルマーの怪傑作『恐怖のまわり道』

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 “B級映画の王様”、エドガー・G・ウルマーの『恐怖のまわり道』(1945、67分、旧題「まわり道」)は、今回のシネマヴェーラ渋谷・ノワール特集の最大の目玉だが、前回(「フィルム・ノワールの古典が東京・渋谷に大結集!」2012年9月22日付)も触れた吉田広明氏の浩瀚(こうかん)な『B級ノワール論』によれば――。

 「製作期間六日間、製作費二万ドル(セットは三つのみで、残りのほとんどはスクリーン・プロセスで撮られた)という信じがたい環境で撮られた本作は、しかしかえってその無茶苦茶な展開とラフな見た目が、映画というもののでたらめな運動を裸形で露出しているような感触があり、一度見たものに忘れられないような強烈な印象を残す」

 この熱のこもった吉田氏の文章のとおり、『恐怖のまわり道』は全編が「B級スピリッツ」に貫かれた、荒唐無稽かつ超リアル、要するに有無をいわせぬ異様なパワーで観客をぶちのめすB級ノワールの金字塔だ。

 では『恐怖のまわり道』とは、具体的にどんな映画なのか(以下、ネタバレあり)。

――主人公はNYの安クラブの文無しピアニスト、アル(カート・ラッセル似のトム・ニール)。アルは、歌手としての成功を夢見てハリウッドに発った恋人スー(クラウディア・ドレイク)と結婚するため、ヒッチハイクの旅(NY→ハリウッド)に出るが、文字どおり「悪夢のような」偶然の災難が次々と彼を襲う。

 アルを乗せてくれたのは、ひどく親切で愛想のよいハスケルという男だったが、彼の右腕には痛々しい引っかき傷があり、先に拾った女にやられたという(のちの展開の伏線となる、腕の傷のエピソードはもちろんのこと、この男の人当たりのよさも妙に不気味で、観客に「何か変だぞ」と思わせる巧みな人物造形だ)。だが(案の定というべきか)、道中、ハスケルは心臓発作で急死する(!)。

 ハスケル殺しの犯人にされることを恐れたアルは、ハスケルの死体を捨て、彼になりすましてドライブを続ける。が、やがてガソリンスタンドに立っていた女を乗せる。ヴェラというその女(アン・サヴェージ)はしばらく眠ってから目を覚まし、なんたることか、この車の持ち主の死体はどこだとアルを問い詰める(ハスケルの腕を引っかいたのは彼女だった!)。

 ファム・ファタールの貌(かお)をあらわにしていくヴェラは、車を他人名義にして高値で売りとばしたり、ハリウッドに着くと二人がハスケル夫妻を名乗ることをアルに強要したり、はたまたハスケル名義でアパートを借りたりと、これでもかと悪知恵を働かせ、思い通りにことを運んでしまう……。

 むろん本作のクレイジーさはこれで収まるどころか、その後いよいよボルテージを上げていくが、やがて

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