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シナトラとウエスト・サイド物語、「後からオケ」の新味

小山内伸 評論家・専修大学教授(現代演劇・現代文学)

 ミュージカルやオペラでは通常、指揮に従って演奏を行い、それに合わせて歌ったり演技したりする。ところがその逆の手順、既成の音源や映像に合わせてオーケストラが生演奏をする、という「後からオケ」の公演が相次いだ。

 飲んだ後カラオケに行く、といった話をしているのではない。「後カラオケ」ではなく、あくまで「後からオケ」を付ける斬新な試みのことである。

 まず、20世紀アメリカの代表的な歌手、フランク・シナトラ(1915~98)の歌で構成するダンス・ミュージカル「カム・フライ・アウェイ」の来日公演があった(7月24日~8月12日、東京・オーチャードホール。8月15日~19日、兵庫県立芸術文化センター)。

拡大「カム・フライ・アウェイ」の舞台 (c) Jun Wajda

 ダンスホールを舞台に、男女数人が繰り広げる一夜のドラマを、シナトラの楽曲でつづるジュークボックス・ミュージカル。舞台後方に設えたオーケストラボックスで、ブラスが熱っぽいサウンドを響かせた。

 これは、シナトラが残したレコード(音源)から、彼の音声だけを抽出して流し、それに伴って生演奏をするというもの。「マイ・ウェイ」「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」「カム・フライ・ウィズ・ミー」など往年のヒット曲が、シナトラの朴訥として艶やかな声と、オケの生演奏とのミックスでビビッドによみがえった。

 ダンスは、高いジャンプや相手の体を宙に持ち上げるといった垂直方向の動きが激しく、音楽と相まって躍動感と迫力を醸し出していた。都会のナイトライフを織りなした洗練された舞台だ。

 シナトラと言えば、ジャズやポップスのファンのみならず、ミュージカル・ファンにとっても懐かしい存在だ。ヒットしたミュージカルがことごとく映画化された1940~50年代の「ミュージカル映画全盛期」にあって、シナトラが主演した映画が多数あるからだ。

 「踊る大紐育(オン・ザ・タウン)」「野郎どもと女たち(ガイズ&ドールズ)」「上流社会(ハイ・ソサエティー)」「夜の豹(パル・ジョーイ)」「カンカン」など、当時の名作ミュージカル映画をDVDで見れば、そこにはシナトラの顔がある。とりわけ、マーロン・ブランドと共演した「野郎どもと女たち」は、ミュージカル映画の傑作である。

 演出・振り付けのトワイラ・サープは、バレエやモダンダンスで知られているが、既成曲で綴るジュークボックス・ミュージカルの傑出した作り手でもある。ビリー・ジョエルの歌で構成する「ムーヴィン・アウト」(2002年ブロードウェイ初演)は3年間もロングランする大ヒットとなった。06年にはボブ・ディランの楽曲を集めた「ザ・タイム・ゼイ・アー・チェンジン」を手がけ、09年にブロードウェイで幕を開けた「カム・フライ・アウェイ」は3作目となる。

 ミュージカルと映画がまだ若い輝きを帯びていた時代をそれとなく背景に匂わせながら、ポップスとダンスを融合させた心浮き立たせる舞台だった。

 一方、同名ミュージカルを基に映画化された「ウエスト・サイド物語」(1962年)を生演奏付きで上映するという贅沢な公演があった(9月21、22日、東京・国際フォーラム・ホールA)。映画から伴奏音源のみをカットし、映像と歌、街の音などはそのまま上映するスタイルだ。

 今、脂の乗っている指揮者・佐渡裕が指揮し、 ・・・ログインして読む
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筆者

小山内伸

小山内伸(おさない・しん) 評論家・専修大学教授(現代演劇・現代文学)

1959年生まれ。慶応義塾大学文学部卒。ロンドン滞在を経て1989年、朝日新聞社入社。2013年に退社するまで、主に学芸部(現・文化くらし報道部)で文芸・演劇担当を務める。著書に『ミュージカル史』(中央公論新社)、『進化するミュージカル』(論創社)。日本演劇学会会員。

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