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[1]プロローグと盛り場・風俗篇

香取俊介 脚本家、ノンフィクション作家

■エロ・グロ・ナンセンスは時代を牽引する

 人々の深層心理の部分で案外重要な働きをするのが、人間(動物)の二大欲望である「食欲」と「性欲」である。いつの時代もこれが多くの人間の最大の関心の的であり、ここに特化したり密接にかかわりあったものが、次の文化の重要な担い手になり、ビジネスとしても成功の確率が高い。

 関東大震災後、浅草の劇場からお客の足が遠のいた。起死回生をはかるため、興行主や劇団首脳等が考えたのはフランスやアメリカではやっていたレビューである。浅草でカジノ・フォーリーが少女たちに裸の脚を露出させて踊らせたところ、爆発的人気をよび、他の劇場にもまたたくまにひろがった。

 こんなエピソードがある。開設当初、カジノ・フォーリーは閑古鳥が啼いていたが、あるとき踊り子の一人の衣装がずり落ちそうになった。踊り子はあわてて衣装をひきあげたが、裸体の胸が垣間見えた。これがきっかけで、「カジノでは×曜日に踊り子がズロースを落とす」という評判がたち、以来観客が急増した。

 10代の少女たちが集団でエロティックに腰を振り振り歌い踊るレビューが、すでに昭和初期の東京ではやり、喝采をあびたのである。

 平成の今、エロティックに腰を振り振り踊り歌う韓国のKーPOPの「KARA」や「少女時代」それに日本の「AKB48」等が大変な人気をよんでいるが、彼女たちの元祖はまさに浅草のカジノ・フォーリーにあった。

 2009年の秋、テレビドラマでもっとも話題をさらい視聴率の高かった番組は『JINー仁』(TBS系)であった。2011年もシリーズ2弾が放送され好評を得ている。脳外科医が幕末にタイムスリップして展開する物語で、原作は漫画だがエロ・グロ・ナンセンスの要素をすべて含んでいる。ホルマリン漬けの胎児、幕末に脳外科手術を実施する際のクローズアップされる患部の映像等々は充分グロであるし、遊郭の花魁はエロそのものであり、タイムスリップはアンチ常識、つまりナンセンスである。

 不安心理にあるマスの潜在的欲求に、うまく応えたからこそヒットに結びついたのである。『ワンピース』など若者に人気のある漫画やアニメの多くがエロ・グロ・ナンセンスに満ちていることはいうまでもない。

 巷には抗菌製品があふれていて黴菌(ばいきん)は悪いものとしてこれを退治しようとする傾向が強い。しかし、清潔志向はかえって人の抵抗力を弱める、と寄生虫学者の藤田紘一郎氏が語っている。ウォシュレットでお尻をきれいに洗うことで、肛門周辺から体によい菌まで洗い流してしまい、かえって健康の阻害要因になるという。

 エロ・グロ・ナンセンスは人体にとっていわば黴菌のようなものである、といっても過言ではない。「きたない」などといって一概に排除すべきものではなく、ときに良い働きもする。

 本稿では、昭和初期のエロ・グロ・ナンセンスの諸相を、盛り場で狂い咲きの花のように咲き乱れたカフェーを手始めに、モダニズムにあふれた演劇・映画、時代の尖端をいったモガ・モボから、雑誌・広告、純文学・探偵小説、猟奇犯罪編、エロ・グロ・ナンセンスの歴史的系譜等々の実相を、具体例をひきながら描いていきたい。

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筆者

香取俊介

香取俊介(かとり・しゅんすけ) 脚本家、ノンフィクション作家

1942年、東京生まれ。東京外語大学ロシア科卒。NHKをへて脚本家、ノンフィクション作家に。「異文化摩擦」と「昭和」がメインテーマ。ドラマ作品に「私生活」(NHK)、「山河燃ゆ」(NHK・共同脚本)、「静寂の声」(テレビ朝日系)。ノンフィクション作品に『マッカーサーが探した男』(双葉社)、『もうひとつの昭和』(講談社)、『今村昌平伝説』(河出書房新社)など。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです