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PSYのビルボード2位は偶然か?

西森路代 フリーライター

 韓国人歌手のPSY(サイ)がアメリカビルボードチャートで5週連続2位を記録した。実際にはPSYはどういう手順でこのアメリカでの記録に至ったのか、PSYだけでなく、韓国歌謡界のアメリカ進出のアプローチとともに考えてみたい。

 韓国ではPSYやBIGBANG、2NE1の所属するYGエンターテインメントだけではなく、少女時代や東方神起のSMエンターテインメント、Wonder Girlsや2PMのJYPエンターテイメントもまた、アメリカでの成功を夢見てさまざまなアプローチをしてきた。

ソウル市庁前で無料公演をしたPSY。8万人のファンを集めた=2012年10月4日、東亜日報提供

 実はこれらの3事務所にはいくつかの共通点がある。まずは、どの事務所も女性ボーカルグループのアメリカ進出を計画、または実行していたこと。そして3事務所のサウンド面を司るプロデューサーがいずれも1970年代前半生まれで、自分自身も歌手出身、そしてアメリカのブラックミュージックに多大なる影響を受けているということだ。

 例えばSMエンターテインメントで、現在のサウンド面を任されているユ・ヨンジンは歌手出身で1972年生まれ。PSYが所属するYGエンターテインメントの代表、ヤン・ヒョンソクはソテジワアイドゥルというユニット出身で1970年代生まれ、JYPエンターテインメントの代表のパク・ジニョンも現役歌手であり、1972年生まれである。

 彼らは10代、20代のころにアメリカの音楽に傾倒し、自身も音楽活動を行い、現在は役員であったり経営にも携わるプロデューサーである。そのため、自身がプロデュースする音楽には最新のアメリカ音楽をそのままに取り入れてヒットさせてきたし、アメリカ進出の夢が消えることはなかった。

 最近は、アメリカ進出のためのコネクション作りにも意欲的で、SMエンターテインメントはマイケル・ジャクソンも手掛けたことのあるテディ・ライリーや、スヌープ・ドッグにコンタクトして少女時代やSHINeeのための作曲やプロデュースを依頼。

 JYPのパク・ジニョンは、自身がアメリカでプロデューサーとして成功することを夢見て、デモテープをアメリカに送り、ウィル・スミスやMASEのアルバムに自作曲を採用されたこともあった。また、Wonder Girlsのアメリカ進出にあたってはレディー・ガガのプロデューサーでもあるAKONとコラボした。

 PSYの所属するYGエンタのヤン・ヒョンソクもまた、2NE1のプロデュースをブラック・アイド・ピーズのメンバーのウィル・アイ・アムに依頼したり、所属アーティストたちのアメリカ進出を本格化するために2011年にアメリカ支社を設立した。

 その流れもあってか、ジャスティン・ビーバー、カーリー・レイ・ジェプセンを見出したスクーター・ブラウン・プロジェクトと今年9月に契約をとりつけ、その後ろ盾をもってしてまずはPSYをアメリカに送り込み、ビルボードでのあの結果につながったのだ。

 実際には、数多くの専門家、評論家がこれまでに言っているように、PSYの成功は「マカレナ」や「恋のマイアヒ」的な、いわゆる“イロモノ”アプローチが功を奏してアメリカでのヒットに結びついた部分が大きいのかもしれないが、その下地としては、やはり韓国の歌謡界の経営者兼プロデューサーたちがアメリカに夢を抱き、進出のために準備を続けてきたことも小さくはない。

 そのプロデューサーたちもこれまでは少女時代やワンダーガールズなどをアメリカに送り込み、YGエンターテインメントもPSYよりもはるかに前から2NE1のアメリカ進出の準備にとりかかり、英語でのアルバム制作に着手していた。それは、女性ボーカルグループでのアメリカでの成功が一番近道だと思っていたからだろう。

 しかし、

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