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“幻の名画”、ブレッソンの『白夜』ついに再上映!(中)――『白夜』の演出をめぐる、ややディープなエッセー

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 いうまでもなく、他のブレッソン映画同様、『白夜』にも名場面、名ショットが目白押しだが、とりわけ驚かされるのは、マルト/イザベル・ヴァンガルテンが鏡の前で全裸になるシーンでさえ、ブレッソンの手にかかると、いささかも煽情的ではない、“低体温のエロティシズム”が画面に結晶する点だ。

 その場面は、おおよそ以下のように展開する。

――電気スタンドが一つ点いているだけの薄暗い部屋で、白いネグリジェ姿でベッドの傍に立ったマルト。ついでカメラは、鏡に映るマルトの足のカット、体を右にねじり裾をたくしあげ肌をあらわにしてゆくマルトをうつし、さらに乳房を露出させ、脱いだネグリジェを放り投げる彼女をとらえる、とその瞬間、彼女の首から上がフレームアウトし、次の瞬間、カメラはベッドの上に投げ捨てられたネグリジェをうつす(いかにもブレッソン的な身体映像の断片化だが、陰影を帯びて鈍く光るマルト/ヴァンガルテンの裸体は彫像のように艶やかだ)。

 ついでカメラは、あらわになったマルトの背中、腰、尻の映った鏡をうつしてから、体をひねったり肩をすくめたりして、いくぶんナルシスティックに自分の裸体や顔を眺める彼女の鏡象をとらえるが、そこで彼女の息づかいが荒くなる(ナルシシズムとは、精神分析的には自分自身を性愛、性欲の対象とすることだが、この自己完結したマルトの行為は、孤独なパフォーマンスという点で、自分の声をレコーダーに吹き込むジャックの行為と、明らかに呼応している)。

 さらにカメラは、鏡に映ったマルトの手、指先、太もも、ふくらはぎ、足首、踵(かかと)、つま先、足の指を次々とうつし、彼女の身体を細かく断片化してゆく……。

 第四夜のポンヌフの船着場のラブシーン、すなわち、ジャックがマルトについに愛を告げ、彼女を抱き寄せるシーンでも、エロティックな高揚は抑えられ、ブレッソン的な<手>のドラマが克明に描かれる。

――ジャックはマルトの胸を白いブラウスの上から愛撫し始め、少しずつ腰へ手を下ろしてゆく(カメラもその手の動きを追うようにパンダウンして下りてゆく)。そこでは凡百の濡れ場のように、マルトが息をハアハアして悩ましげに身もだえする、といった演出は一切なされず、彼女の尻のあたりまで触れてきたジャックの手を、

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